[ 2]《彼女をめぐって》(1945)、《結婚の灯火》(1945)《彼女をめぐって》(1945)〔図7〕と《結婚の灯火》(1945)〔図8〕の二点の油彩画は、1933年に制作された《サーカスの人々》のキャンヴァスを二つに分割して生み出された。シャガールは妻ベラを、1944年9月2日、ニューヨーク州アデイロンダックのクラベリー湖近くにあった別荘に滞在している間に突然亡くしている。ベラの存在がシャガールにとって、いかに大きなものであったかはよく知られるところだ。1915年に結婚してからというもの、ベラはシャガールのよき妻であり、理解者であり、創作における重要な霊感源であった。ベラを亡くした悲しみは大きく、シャガールは一時制作から遠のいたと伝えられている。だが、翌年の春、第二の伴侶となるヴァージニア・ハガードが、家政婦としてリヴァーサイド・ドライヴのアトリエを訪れたときには、創作への意欲を取り戻しつつあった(注10)。《彼女をめぐって》と《結婚の灯火》は、ベラの死後、シャガールが再び筆を持ち出して間もない時期に手がけた作品の中に含まれる。そして、いずれも1946年2月5日から3月2日にかけて開催されたピエール・マティス画廊での個展に出品されている(注11)。フランツ・マイヤーのモノグラフは、この二点の油彩画の原形となった《サーカスの人々》の1933年の状態での図版を掲載している〔図6〕。その図版を分析すると、この油彩画はそれ自体、シャガールのそれまでの作品の断片をモザイクのように散りばめたものであることがわかる。左端に描かれた逆さまの頭部の男性像は、キュビスムに影響を受けていた時代の《三時半》(1911)〔図9〕の詩人を想い起こさせる。一方、右側の端の手前に描かれている楽師たちは、1920年のユダヤ劇場の壁画に登場する音楽家たちや踊子と著しく類似する。そして、その奥の結婚式の場面は、もっとも初期の作品の一つである《ロシアの結婚》(1909)を発展させたモチーフといえる。また、中央の花束を抱える山羊は、〈わが婚約者に捧ぐ》(1911)のエロチックで悪魔的な山羊から、すべての邪悪な要素を抜き取り、背中に羽をつけることで、天使に仕立てたものだ。この〈サーカスの人々》の画面左半分から生み出された《彼女をめぐって》で、シャガールは基本的な構図は変えずに、個々のモチーフに少しずつ改変を加えることで違った意味合いを出している。そして、これらの改変は、先述した妻ベラの死の体験と深く関わっている。《サーカスの人々》では〈三時半》の名残を留め、本を手にする詩人のような姿で描かれている左端の人物が、キャンヴァスを前にパレットを持つ画家の姿に変えられ-329 -
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