プスクの街並みを映し出す水晶球に収敏していく構成となっている。《サーカスの人々》の残り半分を原形として制作された《結婚の灯火》も、主要な構図は当初のものを利用しつつ、一つ一つのモチーフは少しずつ変更されている。《サーカスの人々》では画面全体の祝祭的な雰囲気を高めるための一要素に過ぎなかった結婚式の場面が、〈結婚の灯火》の中心的な位置を占める。婚礼の場とその背景となっているヴィテプスクの街並みを、画面上に大きく描かれたシャンデリアが照らし出している。この結婚式の場面を中心に、憂いに満ちた深い青色の色彩の中、ノスタルジックなモチーフが周囲に配される。《サーカスの人々》で花束を掲げていた山羊は、婚礼の様子をやさしく見守りながら、祝杯を傾ける。その下には雄鶏の背に乗った裸の女性と着衣の男性が抱擁している。これは、1930年代中葉に描かれた《エッフェル塔の新郎新婦》(1939)や〈雄鶏の上の恋人たち》(注13)の雄鶏上に描かれた恋人たちのイメージと類似しており、シャガールがその頃経験していたパリでのベラとの幸せな時間を想起させる。前景に大きく描かれ、画面にお祭り騒ぎ的な空気を漂わせるために中心的な役割を果たしていた楽師や踊子たちは、《結婚の灯火》では控えめになり、婚礼を祝福するための脇役に徹している。過去のさまざまな思い出が沈殿する青い闇の中を、大きなシャンデリアに照らされて、夫婦にとっての幸せの絶頂の瞬間が浮かび上がる。結婚という輝かしい出来事を主題としつつ、色彩や個々のモチーフに表れるそのメランコリックな雰囲気は、《彼女をめぐって》ほど直接的ではないにしても、やはり亡きベラを追想する心情の反映とみなされるべきものだ。妻ベラの死というシャガールを襲った大きな悲しみは、《彼女をめぐって》と《結婚の灯火》という、ノスタルジーとメランコリーに満ちた口つの作品を生み出した。この二点は、本来、《サーカスの人々》というまったく異なる雰囲気を湛えた一つの大画面を構成しており、また、そこに描かれていた多くのイメージはそれ以前の絵画からの引用であった。シャガールは、長期にわたる制作の過程の中で、構成要素となる一つ一つのイメージを、当時の自らの体験や心情に基づき、自由自在に異なる意味を担うものに変容させつつ、最終的な形に仕上げていったのだ。おわりにアメリカ時代の半ばから約七年間、シャガールに連れ添ったヴァージニア・ハガードは、シャガールについて、正当にも次のように語っている。「彼の主題の選び方は-331 -
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