鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
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⑲ 小磯良平の新聞・雑誌連載小説の挿絵の研究研究者:神戸市立小磯記念美術館学芸員はじめに小磯良平は、西洋絵画の伝統を深く研究し、それを自らの絵画制作のエッセンスとしたことで、日本の近代洋画家において、特徴ある業績を残したことが注目される画家である。とりわけ小磯の素描は的確な描写力に加えて、穏やかな趣ある雰囲気を持ち、一個の作品として鑑賞しうる内容を備えている。また小磯は、新聞や雑誌等に連載した小説の挿絵においても素描に比肩する独特の内容を確立しえているのである。ところで現在、小磯が手がけた挿絵について、原画を通じてその全貌を知ることは不可能であり、新聞紙上に掲載されたものでしか全ての図柄を確認することができない。今回の調査で、小磯の挿絵が使われた連載小説の挿絵のコピーを可能な限り収集し、小説のストーリーと照らし合わせて見ることができたことは意味のあることであった。また幸いなことに、小磯の作品を主たるコレクションとして建設された神戸市立小磯記念美術館では、1648点の新聞連載小説の挿絵原画を所蔵しており、掲載紙上からは観察の難しい、描画における技法の工夫と印刷技術による効果を考慮した上での新しい試みを窺うことができる。小磯記念美術館の所蔵する新聞連載小説の挿絵原画は、1941年から1968年に至るまでに手がけられた8タイトル(注1参照)があるが、小磯が挿絵を依頼される小説の内容は、歴史小説や時代物ではなく、登場する人々が様々な問題に直面しつつ、現実に対処していくというように、当時の読者を取り巻く環境に見いだせるテーマが中心であり、とりわけ主たる登場人物に女性が占める割合が高いようである。小磯は、美術学校在学中に、モダンな調度品の配された室内に腰かける女性をモチーフとして描いた《T嬢の像》〔図l〕で帝展特選を果たし、美術学校卒業後すぐに約2年間にわたる滞欧を経て、帰国の翌年、再び帝展特選の栄誉に輝くという実力を備えた画家であり、女性像を描いて人気を博した画家であった。挿絵の注文者はこれを充分承知の上、小説のストーリーと照らし合わせて小磯を指名していることは想像に難くない。とりわけ多数の作を見ることが出来る小磯の新聞連載小説の挿絵は、18タイトルを確認することができ(注1参照)、これらは、新聞に印刷された形で図柄を全て確認することができる。1932年に朝日新聞社に依頼されて手がけた「暴風帯」を始めとして、次に依頼があった5年後の1937年以降、小磯は約2■ 3年に1本ほど、多い時には1年に2本の挿絵を依頼され、1968年まで新聞連載小説の挿絵を描き続けている。小磯が手がけた小説の挿絵には、新聞連載小説の挿絵と、-400 -辻智美

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