雑誌連載小説の挿絵があったわけだが、いずれも画家が小説を読み、ふさわしい挿絵を描くという作業は同じであるにしても、異なる点として、新聞よりも雑誌の方が1話ごとの文章が長いので、挿絵として示すポイントとなる場面の選択肢も多く、また毎日の仕事ではないために、幾分かの余裕を持って制作に望めたであろうことが推測され、実際の雑誌連載小説の挿絵からもそうした雰囲気を窺うことができる〔図2「望棲」第4回.6回挿絵「愛と智と」第3回挿絵〕。一方、1話のストーリーが短い新聞連載小説の挿絵は、描く箇所の要点が絞られる上に、読者に訴えかけ、飽きさせない挿絵を連日掲載しなければならないので、雑誌連載小説の挿絵以上に工夫を凝らす必要があったことが推測できる。小磯は挿絵の経験を重ねるごとに、油彩画の制作とは異なるこの挿絵の仕事への意識を高め、挿絵を素描とは区別して様々な工夫を凝らしたことが、描かれた新聞連載小説の挿絵を年代を追って観察することで明らかになる。そのため、ここでは、与えられたストーリーに即して描かなければならない、小説の挿絵という制約の伴う制作において、小磯がどのように独自の表現を展開していったかを、原画を確認することのできる新聞連載小説の挿絵を中心として、実際に掲載された新聞連載小説と照らし合わせながら以下に考察してみたい。1930-40年代の新聞連載小説挿絵「暴風帯」(1932年下村千秋著朝日新聞)は、小磯がはじめて手がけた挿絵である。小磯はこの仕事を引き受けるにあたり、挿絵制作にあたって予備的研究を行う必要があったに違いない。原画が印刷されたときの再現性、新聞の印刷に向く画材、そして、小説の内容と登場人物の具現化といった事柄に関する準備はもちろんのこと、他の人気挿絵画家の作品を眺めてみることもあったかもしれない。この、「暴風帯」の挿絵は、原画が所在不明であるために、画紙の種類がはっきりとは特定できない。がさがさとした質感の描線から推測すると、コンテを主たる画材として使用しているようであり、時折彩色を併用して画面に変化をつけている。各回の小説を確かめながら小磯の挿絵を見てみると、第1回の挿絵〔図3〕は、登場人物と場面状況を読者に印象づけようとした構図であることがわかる。こうした大衆小説には不可欠な主人公である、‘‘若く美しい女性”の姿が左前方に大きくとらえられ、その背後には、以後数回にわたって小説の舞台となるプロペラ機が描かれており、それに乗り込もうとするもう一人の主人公である、若い男性とおぼしき姿のシルエットがうかがえる。第3回の挿絵では〔因4〕、写真のようにリアルな、1千メートルを指し示す高度計と、メモを持つふっくらとした女性の手がクローズアップで描かれている。この回の小説-401 -
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