鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
458/598

の創造主は数少ない作例のひとつである。かつて拙論で述べたとおり、マエスタス・ドミニ像はカロリング期から神の顕現を示す表徴として、『ユトレヒト詩篇』や『シュトウットガルト詩篇』など詩篇集中の賛美図にみられるが、ロマネスク期になるまで天地創造場面に描かれることは少ないのである。マエスタス・ドミニが創世記挿絵に導入される経路のひとつに、ヨハネ伝と創世記の間にある、神学的な緊密性が考えられる。ヨハネ伝冒頭で語られる「ロゴス」が創造主とみなされるという神学的議論にここで立ち入ることはできないが、ヨハネ伝冒頭部もINPRINCIPIOで始まることから、写本装飾の観点からもニテクスト間の関係は深い。創世記のIイニシャルの源泉はヨハネ伝冒頭部のイニシャル装飾だという説もあり、また確かにヨハネ伝冒頭部には、先に述べたとおり全頁大のマエスタス・ドミニが描かれることが多く、イニシャル装飾の内部に半身像のキリストが描かれている作例もあることから、両者がいつしか溶和していったという可能性は高い。しかし筆者は、創世記のイニシャル装飾にマエスタス・ドミニが導入される契機のもうひとつに、イタリア大型聖書と呼ばれる写本群の影響があると考えている。イタリア大型聖書とは、ローマ・ウンブリア地域を中心に、十一世紀後半、グレゴリウス改革の一環として数多く製作された聖書写本群である〔図6〕。教会改革の旗印として、イタリア大型聖書がアルプス以北の町々に贈られ、各地域の写本製作に多大な影響を与えたことは、ギャリソンやアイールの詳細な研究で明らかになっており、イタリア大型聖書のイニシャル装飾に特徴的な幾何学文様は、ザルツブルク、リモージュなどロマネスク期に精力的な写本製作を行っていた地域の写本挿絵に散見されるという。教会改革の波に乗って、聖書挿絵のひとつの雛型が広く流布していたことが確かめられるのである。一方、イタリア大型聖書の創世記挿絵は、ローマ型創世記図像と呼ばれるローマ周辺に広範に見られる図像形式を継承している。頁を四段に区分けし、その第一段目の大きな円形枠に祝福するキリストを描く〔図6〕。こうしたローマ型創世記図像の特徴に着目してイニシャル装飾を見ていくと、ローマ型図像の影響下にあると思われるイニシャル装飾をいくつも見出すことができる。その最も初期の例が、『ヴァインガルテンの聖書」創世記冒頭部のイニシャル装飾である。イタリア大型聖書に特徴的な幾何学文様に彩られた1イニシャルの内部に、ローマ型創世記図像由来と思われるマエスタス・ドミニ像を見出すことができるのである〔図7〕。もちろんアイールが論じている通り、全般的にはイニシャル装飾内の物語表現は、オットー朝写本を通じて継承されたカロリング期聖書の影響が大きい。イニシャル装飾内の物語表現は、アル-449 -

元のページ  ../index.html#458

このブックを見る