3.円環構図の流行と瞬間的創造ど)。以上のように、十二世紀以降の創世記挿絵を注意してみてみると、オットー朝のスクリプトリウムから引き継いだ図像系譜とは別に、イタリア大型聖書経由で移入されたローマ型創世記図像の影響がかいま見えるのである。そうした文脈で考えてみると、Iイニシャル装飾で小さなメダイヨンに封じ込められていたロゴス=キリスト像が、マエスタス・ドミニとして前面に押し出され、強調されたとき、天地創造型マエスタスヘの変容が完成するように思われる。しかし、天地創造型マエスタスのロゴス=キリストがローマ型創世記図像に遡ることができると仮定すると、なぜすべてが「天地創造型マエスタス像」にならなかったのかという、ひとつの疑問が沸き起こる。IイニシャルやINイニシャルの形に適応した形が残されている以上、ローマ型創世記図像の影響が天地創造型マエスタス誕生の唯一の原因として理解することはできない。マエスタス・ドミニ像が創世記場面に導入される契機とはなりうるが、円環が使われた理由については未解決なままなのである。そこで次に円環構図について考察したい。天地創造型マエスタスの円環構図の形成過程を考えるうえで、他の円環構図の存在は無視し得ない。円環構図の起源についてはこれまで多くの研究がなされてきた。バルトルシャイティスのように、獣帯や風の十二方位を示したミトラ教の宇宙図やエトルリアの鏡面彫刻の円環図にまで遡る説もあれば、ダウのように車輪のシンボリズムと関連づけて論じる説もある。共通しているのは、円環構図がある種の神聖な秩序を表す構成として、古代以来、活用され続けてきたという認識である。ローザンヌの薔薇窓について論じたベーアは、円環構図の起源を装飾的起源(床モザイクやエマーユ細工などに見られる装飾的な円環構図)、概念的起源(車輪型概念図の系譜)、人物像起源(人物や動物で円環を構成するタイプ)の三つに整理した。今日では、エマーユ細工がムーズ河流域の写本挿絵に多大な影響を与えたことはよく知られており、とくに天地創造型マエスタス像の形成においては、華麗なIイニシャルやINイニシャルが数多く作られたのがムーズ河流域であることをふまえると、ベーアが論じている以上にエマーユ細工の影響は大きいと思われる。概念的起源についてはどうであろうか。セヴィリヤのイシドルス以来、中世の麟畜記ぃわゆる「教科書」には車輪状概念略因が多く描かれている。季節の移り変わりを表す「年」「人間」「世界」を中心として、各方位の風や四元素などが周囲に3 -1.秩序と装飾美-451 -
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