鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
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3-2.創世記注釈と時間概念書き込まれる。神の秩序は円で表現されるべきだという考えが、修道院での教育を通じて中世文化に浸透していたことは間違いないだろう。しかし、図像へ影響が直接的であったかどうかは立証しえないことに注意したい。というのは、天地創造の六日間が円形に配置された概念図は存在しないからである。先に述べたとおり、概念図のほとんどは時間的・空間的世界を説明する宇宙図で、ニンブスをつけた人物像が円の中央に挿入されている例もあるものの、「年」「人間」「世界」などの文字だけを円の中央に書き込むのが一般的である。円の中心部にキリストを配し、その周縁に天地創造の場面が展開する「天地創造型マエスタス」の原図となるような概念図は存在しないのである。以上のように、装飾的・概念的なふたつの系譜が、天地創造型マエスタス像の形成に少なからず影響を及ぼした可能性は十分考えられる。しかし、秩序の概念や装飾的な美しさは、新しい図像を生み出す基盤を提供しているにすぎない。そこで次に、Iイニシャル装飾が生まれた背景を思想史との関連で振り返る。ボバーによると、『サン・テュベールの聖書』の創世記冒頭部INイニシャル装飾〔図10〕には、プラトンの『テイマイオス』に基づく世界の秩序が織り込まれているという。INの文字の間に十字型に浮かぶ五つのメダイヨンには四大元素と世界を構成する数字が描きこまれ、文字とメダイヨンを有機的に結びつける植物文様の陰には四大元素を象徴する動物たちが潜む。つまり、創世記のテクストをプラトン思想によって読み解こうとするシャルトル学派と共通した思想をここに見てとることができるのである。シャルトル学派の特徴はプラトン主義や古代文学の復興である。たとえば、シャルトルのティエリーは『六日の業に関する論考』において、コンシュのギョームは『宇宙の哲学』において、プラトンの『テイマイオス』で語られる古代の宇宙観を創世記の記述と和解させようと試みた。こうした自然への関心の高まりは、決してシャルトル学派において突然始まるものではなく、カンタベリーのアンセルムスの著作にもその萌芽が見られる。創世記・創世記註解の写本数が急増し、創世記冒頭部のイニシャル装飾が華やかに彩られはじめる背景には、このような思想史的潮流が影響していたと思われる。先に触れた『ロッベスの聖書』も、知的活動が非常に盛んであったムーズ河流域のベネデイクト会修道院由来の写本である。当然といえば当然かもしれないが、創世記挿絵の歴史は、新しい創世記解釈の試みとぴったりと重なっているのであ-452 -

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