鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
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け(C)以上の状況を鑑みると、ブリューゲルの初期版画に見られる「眺望を見渡す人物」(=全世界(宇宙)(=全世界(宇宙)と密接に対応しているというミュラー=ホフシュテーデの指摘が確かな説得力を持って理解されよう。そこでは「ミクロコスモスである人間が、マクロコスモスである世界を観想し模倣することは、合目的に築き上げられた世界の最も高度な実現形態である」とする人文主義的態度が表明されているのである。しかしオルテリウスの引用テクストをより詳細に検証するならば、その全体を通して示される世界と人間との対照的な側面を、ブリューゲルの風景と人物モチーフとの関係において同等に解釈することには、以下の疑問が生じる。すなわち、オルテリウスの世界地図では、スキーピオーの夢のテクスト(注10)によって示されるように、私たちは目の前の世界(現世)を見ることではなく、天界の光景(宇宙)を観想することが求められる。これに対してブリューゲルの「眺望を見渡す人物」は、ヤン・ファン・エイク作《ロランの聖母》の中景に見られる後姿の人物のように、世界を観想すると同時に、目の前に広がる眺望をまさに見ることを促しているのではないだろうか(注11)。ブリューゲルの風景と人物モチーフとの関係について地図制作法との関わりで捉えたアルパースは以下のように記している(注12)。‘地図的風景は、た秩序を主張することなく、世界を覆うような印象を与える。現実離れのした舞台設................. 定において人間の行為を描出することにより(もっとも世界それ自体は地図化された.......................... としても、人間が地図の上でこのように表現されはしない)、ブリューゲルは人間活動の際限ない反復性を枠で規定されることのない空間の中に示唆するまでにいたる。’(傍点引用者)アルパースの言葉は、ブリューゲルの風景画に混在する「地理学」的「地誌学」的性質をまさによく言い表しているといえよう(注13)。一方、地誌的な実用性と絵画的な芸術性との調和を図って制作された『世界都市図帳』では、鳥鰍図的構図を持つ都市景観図が好んで使用され、さらに前景には、ブリューゲルの初期風景画における添景人物とよく似たモチーフが挿入されているのが見られる。そこで次に、ブリューゲル〈大風景画〉連作における人物モチーフの意味と機能をより詳細に検討するため、先行作例との比較に続き、『世界都市図帳』の中でも、特にアントワープ出身のヨリス・フーフナーヘル(注14)の手による都市景観図を取りあげ、類似モチーフに焦点を絞りその類縁関係を検討していく。の観想)(〔図2B〕〔図4B〕〔図5B〕)と「スケッチをする人物」の模倣)(〔図6B〕〔図8B〕)のモチーフが上記の引用文、しかしながら、遠近法的絵画によって呈示される人間を基準とし-489 -とりわ

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