注4.結びにかえて葉はブリューゲルが本物そっくりに自然を再現したその技を評したものであったが、ブリューゲルは視覚的記憶の集積を基礎とした写実性に重きを置きながらも、自然を前にした人間の驚きや感動をむしろ肯定的に捉えている。そしてそれを地誌学的な正確さと地理学的世界観をもつ普遍的な枠組み内において、自らの精神に刻み付けられた自然のイメージとして、生命観溢れる姿で描き出し得たのだといえよう。ブリューゲルの〈大風景画〉連作は、そのほぼ統一された型から、グループ化の意図が示されているものの、他の風景版画シリーズと異なりタイトル頁やナンバーがなく、連作としての制作意図を解明する手がかりは極めて少ない状態にある。その一方で今回の調査研究の過程で、主題、構図、モチーフにおいて再検討を加えた結果、本連作版画が、後のアムステルダムの風景画家たちの作品や都市景観図の分野において受容されていったその一端が徐々に明らかになってきた。16世紀から17世紀における地図と風景が示す奇妙なまでの類縁関係において、両者がわかちもつ世界観、思想的背景のさらなる把握と理解に努めることを今後の課題としておきたい。(1) 現存する3点の素描のうちルーヴルにあるものには1555年の年記がある。制作年の下限を1556年と推定しうるのは、一般にコソクはブリューゲルの下絵が制作されてから1年内にその版画を発行したとするティモシー・リッグスの見解による。『ピーテル・ブリューゲル全版画展I石橋財団ブリヂストン美術館,東京新聞編,東京新聞,1989,pp. 103-104参照。(2) Miiller-Hofstede,J., "Zur Interpretation von Bruegels Landschaft.Asthetischer Landschafts begriff und Stoische Weltbetrachtung", Pieter Bruegel und seine Welt, Berlin, 1979, pp. 73-142 (3) Theatrum (1579),プランタン・モレトゥス博物館蔵,なお〔図版7〕には世界全回の引用文が同様であることから、神戸市立博物館蔵(1587年版)の図を挙げた。(4) 美術史の分野で地図と風景を関連づけて論じた主な文献は以下の2点である。Svetlana Alpers, The Art of Describing, Dutch Art in the Seventeenth Century, Chicago/London, 1983. (『描写の芸術』幸福輝訳,ありな書房,1993);Gibson,W.S., Mirror of the Earth, The World Landscape in Sixteenth-century Flemish Painting, Princeton, 1989. ;またAbrahamOrtelius cartographe et humaniste, Musee Plantin-Moretus, Bibliotheque royale de Belgique Turnhout, 1998は、地理学者、人文主義学者としてのオルテリウスを多角的な視点で捉えた多種の論文を収録。(5) 幸福輝著「世界地図から世界風景ヘーネーデルラント絵画における「地誌」と「風景」をめぐって」『美の司祭と巫女一西洋美術史論叢j中央公論美術出版,1994,pp. 131-161. (6) Musee Plantin-Moretus, Bibliotheque royale de Belgique, op.cit., (1998); Koeman, C. The History of Abraham Ortelius and his Theatrum Orbis Terrarum, Lausanne, 1964(コルネリス・クーマン著『近代地図帳の誕生アブラハム・オルテリウスと『世界の舞台』の歴史』船越昭生監修,長谷川-493 -
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