⑱ ヤン・ファン・エイクの彩色画枠に現れた絵画受容の実相1 作品概観研究者:筑波大学大学院人間総合科学研究科講師寺門臨太郎ヤン・ファン・エイクに帰属する現存作品のうち8点が元来の画枠を附属しており、それらはすべて絵画の支持体と一体構造化された木材に画家自身が何らかの彩色を施す形式形状を呈している。いわゆる初期ネーデルラント絵画は、対抗宗教改革期に多くが破壊され遺失し、ヤンもその例に漏れない。他の時代地域に比して寡少と映るほどの絶対数しか遺されていない中で、それら8点の彩色画枠をおよそ例外的な偶然の遺物と見なすか、はたまた総点数に占める割合に鑑み一種の典型と見なすかは分かれるところであろう。しかしながら、実のところヤンの8作例のほかにも、初期ネーデルラント絵画には画家自身が彩色処理を施したインテグラルな構造の画枠部を附属したまま現存する作例は、必ずしも少ないとは言い難い。そして、それらのほとんどは、実在人物の肖像画もしくは小型の個人用祈念画であることで共通している。とまれ比較的大規模なポリプティクの場合、構造上おおかたが原状をとどめずに経年してきたことは想像に難くなく、個人肖像画や携行可能な析念画にあっても、当初から支持体とは別構造で画枠が後付けされていた可能性を明確に示す作例もまた現存しており、その限りにおいては彩色画枠に何某かの歴史的実相を認めようとするのには無理がある。なるほど従来の美術史研究の多くは、後述するように二、三の例を除いては、それらを等閑に付さないまでも、あえて議論の俎上にのぼせることに充分な動機付けを見出してこなかった。しかし、近年とりわけて保存科学の専門研究者による調査が件の彩色画枠をめぐり成果を挙げてきた。本報告者の目的とするのは、それら科学的な調査報告等を積極的に参照することで、作品個々の物的構造と作品成立当時の「絵画」たるものの概念が不可分に関係していることを改めて確認し、作品受容の実相をある程度輪郭づけることである。なお、本稿では所与の紙幅に限りがあるため、予め図像形式と作品形状とが象徴的な相互関係を瞭然とさせている《泉の聖母子》〔図1〕と《聖バルバラ》[図2〕に重きを置いたうえで考察を進めることとする。通称《泉の聖母子》は、ヤンの署名と年記がある宗教的主題による現存作品のうち、最小の寸法で最晩年に仕上げられた板絵である。青色の外衣に身を包んだ聖母マリアが、虹色の双翼で宙に浮く天使ふたりの捧げ持つ朱子地の金襴の上に立つ。聖母に抱-510 -
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