⑳ 観音来迎図の研究研究者：奈良国立博物館研究員清水はじめに本研究は、中世の南都信仰圏を中心にいくつかの作例が知られる観音来迎図について、これを包括的に取り上げて研究することで、観音来迎図というイコンがいかに形成され、展開・流布し、あるいは他の聖像と習合していったのかを、信仰史的な側面をふまえて明らかにしてゆくことを目的としている。従前十一面観音来迎図について考察した川口陽子氏は、各作例についてその伝来をたどり、それらが観音霊験寺院に伝わったものとし、各画像間の図様の類似について、所依経典の一致によるものと結論づけた（注1)。しかしながら、観音来迎図の伝来する寺院は興福寺末寺が多くを占め、寺院間相互の宗教的繋がりが考慮されてよいように思われる。本研究はそのような視点に立ち、観音来迎図の制作・受容された環境について考察を進め、観音来迎図がどのような要請に基づいて成立し、また流布し変容していったかを、文献・遺例双方から探ろうと試みるものである。本研究では、従来知られる掛幅画の観音来迎図（注2)のほかに、堂内荘厳画として描かれた遺例や彫像の台座に描かれた遺例などを加え、多面的に考察を行うこととする。また長谷寺式観音の図像など関連の深いものも考察の対象に加え、中世仏教絵画史における観音来迎図の位置づけに迫りたい。ー．観音来迎図の成立観音来迎の思想は、管見の限りでは、平安後期の僧・実範（？〜1144)にまで遡ることができる。実範は興福寺出身の顕密の学僧で、戒律の復興者の一人としても知られ、大和国中ノ川成身院や山城国光明山寺に止住し、教学に勤しんだ。金沢称名寺に伝来した『宝寿抄』は真言律僧・禅意(1241■1305)の口伝を、弟子の真源がまとめた密教事相書であり、広沢流の真言を中心に多岐にわたる内容を含んでいる。このうち、浄土観に関する部分で、実範の口伝が引かれ、観音の来迎によって械土を離れ、阿弥陀の浄土に往生するという思想が紹介されている（注3)。観音信仰を基盤とした阿弥陀浄上への往生という考え方は、平安末期に成立した西国三十三観音とも通ずるところがあり、多分に浄土信仰の昂揚を受けてのことと思われるが、晩年浄土教に帰依して独自の思想を形成した実範の浄上観の一端を示すものとして注目されてよいであろう。観音来迎図は実範の思想に胚胎したと考えられるのである。健-530-
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