鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
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を構成する余白部には金箔や金泥等を用いて美しい装飾が施されていることを知る。作品の周囲を囲む枠に関して、十六世紀に活躍したイランの書家マーレク・デイラミーは、1560/61年に制作されたモラッカァの序文の中で庭園を流れる小川をイメージしている(注5)。そして、モラッカアの中の作品の枠取りや余白部の重要性に関しても彼は、次のような詩を残している。魅惑的な書のどの作品もその美しさは枠(jadval)と枠外の余白部(J:tiishiyah)に拠っているそれは、書を愛する者達の目には緑草や微笑みを浮かべた菅で満ちた庭園である(注6)僅か二行に過ぎないこの詩は、モラッカァ制作の本質を突いているように思える。制作に携わっていた職人達の目的は、作品の周囲を金や青、赤、緑などで枠取りし、その外側の余白を様々な技法で装飾することにあった。言い換えれば、モラッカァ制作の本領は余白部装飾において発揮されると言っても過言ではない。この努力は、写本の装丁と装飾における多彩な技術を生み出すこととなった。特に、金を用いた装飾には顕著な特徴が見られ、真偽の程は未だ明らかではないとは言え、文献には、金箔や金泥による装飾に関する幾つかの技術はこの時代に始まったことが記録されている。しかし、文献資料に見られる金を用いた装飾に関わる記述には、そのエ程を具体的に示す説明がほとんど無く、今日では、その当時使用されていた用語の語源を辿ることによってのみ金の使用法の実際を解き明かそうとしているのが現状である。文献に残っている金装飾の技法と名称金を用いる装飾に際して第一に必要な作業は金箔と金泥の作製である。この作業については、今日まで残っている当時の幾つかの論文にほぼ同じ様な記述がなされているので、その中の一つ十五世紀後半から十六世紀中期にかけて活躍した書家ミール・アリー・ハラヴィー(1544/45年歿)の『書体のインク』の金泥の作製に関する説明を紹介する。「金箔師達が純金lメスガール(4.6グラム)から100枚の金箔を作った後、それらの金箔と黒ずんでいない上等の黄色で上質の混じりけの無い膠少贔を用意する。手をふすまと水で洗い、器に脂が付かないように注意する。というのは、脂は金を黒ずませるからである。膠少量を器に滴下し、器に膠をまぶす。それから、金箔を一枚ずつ器に入れ、指先二本で練る。練る際には少量の白い塩を、良く練りあがるように加える。器が乾いてしまった時には、数滴の水を器に落とし、完全に練りこまれるまで再-61 -

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