(2) 内容と特色作品に描かれているのは高山植物が中心だが、山岳の植物ばかりでなく、コハマギクやハマギクのように海岸で見られる花も一部含まれている。一枚の写生図には、おおむね一種類の植物が描かれている。タテヤマリンドウとミヤマリンドウ〔図1〕のように、=種を手前と奥に配置し、一画面内に二種を描いたような例も若干あるが、全体としてみれば「一図に一種」を原則としていると言える。また逆に同一種の植物を二枚(=回)以上に描くということもしていない。これもいくつか例外はあるが、その場合一方は他方に対して、習作的な性格が強い。このような「一図に一種Jの原則は、この作品の全体が、植物図譜ないしは植物図鑑的な性格を持つものであることを物語っていると言えるだろう。さてこの「高山植物写生図」(松平家蔵)の最大の様式的特徴は、それぞれの植物が、生育している周囲の環境と共に描かれている一種の生態図であることで、一部の作品には山並みなどの遠景が背景として添えられている。高峰の岩場や崖や林間の湿地、水辺など明確に周囲の環境を伝えているものもあれば、植物の生え立つ周囲の地表だけが簡略に描かれたものもあるが、一貰しているのは植物が生育している姿が状況とともに生き生きと表現されていることだろう。画面の中心となる植物は、その分類学的な特徴を正確に伝えるような細かい描写がなされている。これは単なる忠実な客観的写実ではなく、植物学的な知識に基づいて特徴を描き込んだ観察的な描写と言えるだろう。その一方で周囲や背景の描写は、省略やぼかし、にじみなどの水彩の描法を多用している。植物のあくまで明快な描写とは対照的である。このような粗密の描写の使い分けによって、周囲の状況を伝えながらもあくまで植物が主役として提示されている。しかしこれら周囲の様子は、実際にその植物の生育している現場で、植物と共に描写した風景ではないと考えられる。画面全体の構成が、構図的によく整えられており、しかもそこにいくつかの定型を認めることができるからである。おそらくこれらの背景は、その植物の生態と矛盾のない範囲で、絵画的な効果を考慮しながら、画面上で任意に植物と組み合わされたのではないかと推測される。(3) 東大蔵の「高山植物写生図」との比較五百城の「商山植物写生図」のもう一組である東京大学大学院理学系研究科附属植-81 -
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