鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
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゜、つ物園蔵のものは、体裁、内容共に松平家蔵のものとは異なっている。作品の総数はちょうど100点で「日本高山植物写生図」と題書された画帖に貼込まれている。作品の紙の寸法は、縦約37cm、横約29.5cmと、松平家蔵のものより一回り大きく、大きさのばらつきも比較的少ない。これは、これらが松平家蔵のものとは異なり、水張りをしないで描かれ、周囲がカットされなかったためと考えられる。松平家蔵のものが、画面の全体にわたって着彩しているのに対し、東大蔵のものの場合、植物以外は周りを白く残し絵の具を塗らないので、水張りの必要がなかったのであろ内容的には、両面の縦位置、横位置がまちまちで、一枚の紙に複数の種類の植物を描いたもの、未完成と思われるもの、植物を画面の中央ではなく端に描いたものなど、紙の使い方が不統一で、また紙を一つの画面と意識していない点が、松平家蔵のものとまず違っている。また周囲を描かず植物のみを描いた作品が大半を占めることも松平家蔵のものとの大きな違いだ。植物の周囲を描いたものも数で言えば全体の二割ほどあるが、松平家蔵のものと比較すると描写が中途半端なものが多い。しかし植物の描写の精度について比較すると、東大蔵のものの方が松平家蔵のものよりもより精細と言える。描く際に紙を一つの画面と考える意識がないことと、描写がより精密であることを考え合わせると、これらは鑑賞用というよりもむしろ研究上の記録、あるいは標本的な意味合いがより強い図と言うことができるだろう。また上に述べたとおり、形式的に不統一であり、また様々な様式の図が混在していることから、東大蔵の写生図はある程度の時間の経過の中で、その都度描かれたものをひとつにまとめたものと思われる。松平家の写生図を東大蔵のものと較べると、松平家のものの方がより絵画的であり鑑賞画としての性格を持っていることがわかる。植物の描写の精密さも、画面全体の描写の統一感を得るため、必要以上の細密な線描をあえて抑えたのではないかと思われる。さて二組の植物写生図の画面をさらに相互に比較してみると、興味深い事実が明らかになる。両者に共通して描かれている植物の種は、大場秀章氏の同定に従って照合すると47種ある。これらをそれぞれに対照してみると半数以上において、植物の形態が相似しているのである。同種の植物を描いているのであるから、ある程度の類似が生じるのは当然だが、ここで認められるのは具体的な形態の相似で、まるで同じ一つの個体を同じ視点から描-82-

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