)複製版画と批評Ⅰ.「美術に関する調査研究の助成」研究報告―1―1.2004年度助成――ジュリオ・サヌート《アポロとマルシュアス》の場合――研 究 者:国立西洋美術館 研究員 渡 辺 晋 輔はじめに本稿が考察の対象とするのは、16世紀ヴェネツィアの版画家ジュリオ・サヌートによる複製版画である。複製であることを利用しながら、サヌートが自らの創意を発揮していることを論証するものだ。本稿は最近の版画史研究の流れに呼応する立場をとる。すなわち、19世紀初頭のアダム・バルチュによる定義以来続く、ルネサンス版画史=創作版画家(peintre-バルチュを批判した先行研究はすでに、創作版画と複製版画が区別されるようになったのは後のことであり、16世紀にはそうした区別が存在しなかったことや(注2)、一言に複製版画と言っても原画を正確に複製したものは少なかったということを指摘している(注3)。この時代の複製版画は多くの場合原画の翻案とでも言うべきものであり、そこには創作版画としての質が多分にあったというのである。本稿もまた、サヌートが原画を複製する際に、その解釈の幅を広げるために注意深く原画を改変していることを証明する。当然の帰結として本論は、バルチュの定義に対する反論の試みとなろう。サヌートの版画についてジュリオ・サヌート(生没年不明)はエングレーヴィングを専門とした版画家で、その生涯についてはあまり知られていない。彼は庶子ではあったが、ヴェネツィアの名門貴族サヌート家の一員であった(注4)。本稿で論じるのは、彼が1562年に制作した複製版画《アポロとマルシュアス》〔図1〕である(注5)。原画はブロンズィーノ作の油彩〔図2〕で、現在エルミタージュ美術館に所蔵されている(注6)。ただし銘でサヌートは誤って、原画の作者をコレッジョとしている。銘によれば、この版画はフェラーラ公アルフォンソ2世・デスgraveur)の歴史とする歴史観(注1)に対して疑問を投げかける立場である。
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