鹿島美術研究 年報第22号別冊(2005)
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松浦静山の絵画考証について―129―――『新増書目』における住吉・板谷派の鑑定を中心に――研 究 者:鹿児島大学 教育学部 助教授  下 原 美 保はじめに幕府の御用絵師であった住吉・板谷派は、やまと絵鑑定の家としても広く認知され、大名家を中心に数多くの依頼を受けていた。本研究で注目した松浦藩第34代藩主静山(清)(1760−1841)も、両派に絵画鑑定を依頼した一人である。静山の記した『新増書目』(松浦史料博物館蔵 未刊行)には、その経緯が細かに記録され、また、鑑定の後、手控えとした模写本も松浦史料博物館に現存している。本研究では『新増書目』の記事を中心に、両派における絵画鑑定の経緯をたどっていった。その結果、静山における鑑定の主な目的は、真贋の見極めというより、自らの見解を両派に問い、画論書等では知り得ない絵画情報の収集にあったことが明らかになった。これは、静山が絵画を鑑賞の対象というより、文献や絵師の意見に基きながら、作者や画題について考証していく対象と見なしていたことに起因すると推測される。本論は、当時の文化的背景を考察しながら静山の絵画考証と両派の果たした役割について考察を加えたものである。1『新増書目』と住吉・板谷派による絵画鑑定1)『新増書目』における絵画関連記事の性格松浦静山は藩政に尽力する傍ら、和漢籍や洋書などを広く収集し、藩校維新館から数多くの出版物を刊行するなど、文教面でも多大な功績を残した大名である。文政4年(1821)11月17日の甲子の日に起稿し、没するまで書き続けた『甲子夜話』(全278巻)は、当時の風俗や法政、宗教、自然現象などが多岐に渡って記され、静山の博識ぶりを示す著作として殊に有名である。本研究で注目する『新増書目』(松浦史料博物館蔵 未刊行)とは、静山の時代に松浦家へ新たに加えられた史料目録で、内篇外篇併せて23冊から成り立っている。この中には絵画に関する記事も含まれているが、本書の中では史料として扱われているため、それぞれは画題によって分類されている。各作品については、作品の出所、画題、制作年代や筆者等について、静山の所見が述べられている。その際、静山は自分の記憶や経験だけに頼らず、『本朝畫史』や『浮世絵類考』、『土佐系図』といった画伝書や系譜等も参考にしながら検討を加えて

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