鹿島美術研究 年報第22号別冊(2005)
166/535

―157―に所蔵されているものほかに、実は、もう二点、パリ国立図書館に所蔵されている(Ms. fr. 24399, Ms. fr. 1509)(注7)。冒頭を飾る挿絵のテーマはいずれも「王の夢」である。しかしながら、以下に示すように、いずれも図像的にはかなり異なっている。a)パリ国立図書館蔵Ms. fr. 24399の「王の夢」〔図2〕このパリ写本については、所有者を示唆する痕跡はまったく残っておらず、出自に関しては不明点が多いものの、登場人物たちが身につける服装から1480年代に挿絵が施されたものとされている(注8)。この写本には70点の挿絵が施されており、ウィーン版が未完であったのに対して、完結しており、失われた原本との密接な関連がとりざたされる(注9)。挿絵の口火を切るのはやはり「王の夢」である。とはいえ、ウィーン版とは図像的にかなり異なっている。パリ版では、夜景場面として表現されてはおらず、高い位置に小窓のついた背後の壁と後退するタイル張りの床によって室内空間であることが暗示され、ベットは画平面に水平におかれている。眠るルネ王についてもウィーン版とは異なり、帽子を被り、着衣姿で、靴まで履いている。左手で頭部を支え、捻られた上半身はこちら側を向き、覆いも掛けていない王の脚は、深い眠りのなかにいることを示唆するためか、だらしなく開かれている。王の横たわるベットの後ろに見える半ば開いたテントは、ウィーン版にも見られたもうひとつの寝台のようにもあり、また、ルネ王が眠る寝台の天蓋のようにもある。王の背後に立つ若い男は、ルネ王を見おろし、右手の人差し指を差し出して、なにやら語る身ぶりをしている。この人物はウィーン写本に登場した「愛」でも「欲望」でもなく、王の家臣である。夢から覚めたルネ王が、心臓がなくなったのではないかと家臣に確かめさせる件があるが、それを先取りしたものである。ここには夢の内容は描かれておらず、同じ「夢見る人」をテーマに表しているとはいえ、相違点の方が目立つように思われる。b)パリ国立図書館蔵Ms. fr. 1509の「王の夢」〔図4〕パリ国立図書館所蔵のもう一点の挿絵入りの『愛に囚われし心の書』は、未完成のうえに小型で、さして目を引く点もなく、これまでほとんど取り上げられることはなかった。24点の挿絵が施されており、やはり15世紀に制作されたものである。先の二点の写本と同様にやはり冒頭の挿絵には「王の夢」が施されているが、これもまた図像を異にする。建築モティーフを用いた枠取の奥に空間がくり抜かれ、カーテンに囲まれた箱形空間が配されている。その箱形空間いっぱいに画平面に水平に寝台がおかれ、赤いナイトキャップを被った人物が眠っている。肩を出した左腕はベッ

元のページ  ../index.html#166

このブックを見る