―194―「香炉」を強調している。さらに本伝絵の場合には、阿弥陀堂内の左の部屋に論議す把握が極めて困難な三つの場面について簡略に述べる(〔表1〕を参照)。本伝絵の十六段の絵のうち八段の内容は他の伝絵との比較によって解明することができる。その八段とは、まず画面の右側に位置する第六段、中央下部の第八、九、十段、そして左側の第十二段及び第十四段から第十六段の絵である。第六段の絵については、竹内氏が「法然上人、選択集を講ずる場面か」と仮定した(注4)。しかしこの絵は、上西門院が法然を招いて七日間の説法を聞いたという説話に相当すると思われる。なぜなら、この説話の主要なモチーフが次の様に描写されているからである。まず上西門院の御所の庇の間には前机の前に法然の姿があり、廊かあるいは大庭には公卿たちが参集している。『勅修御伝』の詞書には「一つの蛇、唐垣の上に七日の間、動かずして、聴聞の気色也。〔中略〕結願の日に当たりて、彼の蛇死せり。その頭の蝶出でて、空に昇ると見る人もありけり。〔中略〕この小蛇も、大乗の結縁によりて、天上に生まれ侍りけるにや」とある。本伝絵には、蝶の姿は見えないが、御所の廊の右側に「唐垣」があり、その上に蛇の姿がかすかに見える。また、絵の上に描かれているすやり霞には、蛇の上あたり、天女の赤色の裳裾が認められる。次は、本伝絵の中央下にある第八、九、十段のそれぞれの絵について述べる。まず第八段は「大原問答」、その上の第九段は法然が夢の中で善導に出会う場面、さらにその左の第十段は「東大寺供養」を描いた重要な場面が描かれている。「大原問答」というのは、天台宗の顕真の要請により、大原勝林院の阿弥陀堂で法然上人が諸宗の碩学と浄土宗義を論議したことである。『勅修御伝』の詞書によると、諸宗の碩学は法然の知恵に圧倒され「皆信伏しにけり。〔中略〕法印、香炉を取り、高声念仏を始め、行道し給ふに、大衆皆同音に念仏を修する事、〔中略〕信を起こし、縁を結ぶ人多かりき」とある。一般的に「大原問答」の場面には二つの系統があるが、第一の系統は真宗の掛幅画伝絵にしか見られない。第二の系統には、勝林院の阿弥陀堂が描かれ、その堂内に二つの部屋がある。一つの部屋には論議する僧が参集し、二つ目の部屋には堂内本尊の周りで念仏をしている僧が描かれる。そして本伝絵と同様に、勝林院の辺りに近所の在家の人々が集う。次に、伝絵によっては本尊が描かれていない場合もあるが、ほとんどの場面に「香炉」を持つ顕真が登場する。『伝法絵』を始めとする諸伝記がこのる僧、右の部屋には金泥で描かれた阿弥陀像の周りで不断念仏を行う僧、そして本尊の前に香炉を持つ顕真の姿が認められる。先に述べたように、第九段は法然が夢の中で善導に会う場面である。諸伝記による
元のページ ../index.html#203