鹿島美術研究 年報第22号別冊(2005)
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―239―し、限定的にではあるがその〈いみ〉を利用した転用である。第三のパターンはこれまでのものとは傾向が異なる。もととなる〈かたち〉に特定個人の「イメージ」が付与されているものを選び、それを新たな主題において二重写しにして活かすのである。よく知られているように、「湯女図」左から三番目の女に「寒山」の、「彦根屏風」(彦根城博物館蔵)第四扇で脇息に寄りかかる女に「維摩」のイメージが、それぞれ道釈人物画から姿型を転用することで投影されている(注8)。一定の規範性を持って流通していた〈かたち〉と〈いみ〉、それも古代聖人のそれを当世人物に重ね合わせることで、主題に深みを与えようとする訳である。ところで、この場合の〈いみ〉はこれまで見てきた態意、機能、主題のどれとも異なる。それは特定個人の「イメージ」とでも言うべきもので、「名前」を介在させて間接的に連想させる〈いみ〉である。このように「連想される〈いみ〉」が必要となる点が、先に挙げた二つのパターンとは根本的に異なる。それ故に、態意、機能、主題共に、オリジナルの継承性は重視されない。ただし、機能及び主題は慎重に選択されている。重ねられたイメージが活かされるためには、どのような場面でどのような人物にそれが重ねられているか、つまり重ね方が重要となってくるからである。上記二つの作品ではそれが上手くいっていると言えるだろう。以上、転用の三つのパターンを見てきた。〈いみ〉の変更が前提となるだけに、各画家の発想と技量が作品には如実に反映される。第三のパターンでは観者側の理解力までも試されることとなり、基本的に引用よりも複雑かつ高度な手法であると言えよう。○図様継承の特質「引用」と「転用」の諸例を見てきた。どちらも〈かたち〉を継承、利用する行為ではあるが、「引用」が〈いみ〉の再現を、「転用」が〈いみ〉の創出を、それぞれ目的とするという違いがある。また、「引用」が〈いみ〉をもとに〈かたち〉に変化をつけていくのに対して、「転用」は〈かたち〉をもとに〈いみ〉に変化をつけていくという真逆の構造を持つ。風俗画にみるこのような図様継承法は他の分野、時代と比較して、どのような特質を持つのだろうか。ほぼ同時代に活躍した俵屋宗達が、先行図様を借用して多数の作品を制作していることは知られている。ただし、宗達の場合「引用」にしても「転用」

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