鹿島美術研究 年報第22号別冊(2005)
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9高松松平家伝来博物図譜の研究―245―研 究 者:香川県歴史博物館 学芸員  松 岡 明 子はじめに江戸時代、18世紀の中頃から、日本では数多くの博物図譜が制作された。その背景には、中国から入った本草学が浸透したところに、洋書の輸入解禁によって鎖国状態にあった日本に西洋の知識が持ち込まれたことや、幕府や藩の殖産興業政策によって全国で特産物開発の動きが興り、産物への知識が求められたことなどがあげられる。その中で科学的な視点を持って生み出された博物図譜は、生物学や歴史学、自然科学史などに続いて、美術史の分野でも主に近世絵画における「写生」の問題に関わって研究が進められている。先学の研究成果から、複数の図譜間に精度の高い転写図が存在することや、博物図譜が「模写」とその「継承」によって多くを成り立たせ、「写生」という言葉が「実物写生」だけでなく、「既にある図の精密な模写」も意味すること、これらの図が本草学者や特化された絵師だけでなく狩野派の絵師たちによっても描かれ、その一部が「粉本」として継承されたこと、そして近年では博物図譜と浮世絵花鳥画との影響関係なども報告され注目を集めている(注1)。本稿で考察する高松松平家伝来の博物図譜は、後世に多くの転写図を生み出した原本に位置付けられているほか、収録図が豊富で、しばしば「美術作品」と形容される鑑賞性の高さが指摘される点で、現存する博物図譜の中でも際立った存在といえる。そこで、本稿ではまず先行研究を踏まえながら基礎情報を整理して松平家図譜の特色を明らかにし、中でも特に重視された魚類図譜「衆鱗図」について、その表現技法に着目しながら考察する。そして、従来の博物図譜研究で行われてきた図様の比較による考察に、表現技法からの検討を加えることで、松平家図譜を近世絵画の作品と結びつけ、美術史上に位置付けることを目的とする。1.高松松平家伝来博物図譜の概要と特色松平家図譜は、魚類・水棲生物を描いた「衆鱗図」4帖、鳥を描いた「衆禽画譜」2帖、植物を描いた「衆芳画譜」4帖、「写生画帖」3帖の、全4種類13帖の画帖〔表1〕からなり、紙本に着彩で描かれた図は、折本状につないだ雲母引きの台紙の表裏両面に貼られている。魚・鳥の図は、すべて輪郭線で切り抜いて貼るが、植物図は基本的に切り抜きをせず、一部の図のみ部分的な切り抜きがみられる〔図1〕。図にはおおよそ実物大を意識した大小があり、魚や鳥については見開きに渡る図〔図2〕

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