―248―れ、松平家図譜を特徴付けるものであると考えられる。2.「衆鱗図」の特色―表現技法からの考察―「衆鱗図」に収められた魚の図は、形や文様がわかるように鰭をすべて伸ばした状態で、基本的に向かって左に頭を向けて側面から描かれ、平目やエイなどの扁平な魚は形状にあわせて背や腹側から描かれている。このような表現は現在の図鑑と共通するが、「衆鱗図」では魚をやや下の方から見て描き、腹鰭を2枚とも表し、肛門を描くのが図様の上での特徴であることが指摘されている(注10)〔図3〕。次に表現上の特徴をみると、まず、各図の描写が非常に精緻であることがあげられる。均一なトーンの細線で省略なく細部まで描く点は、第1帖1面の鯛図が突出しているが、そのほかも多少の精粗の差はあるものの、全4帖に共通して見られる。彩色では鱗や皺の一部に金泥や白色のハイライトを入れるなど、繊細な立体感の表現がみられる。水に生きる生物の鮮やかな色や透明感が鮮度のある状態で表現されており、その繊細な色には、顔料とともに染料なども用いられていると考えられる。制作過程を考える際には、絵師がこれらを観察・描写し得た場にも注目される。そして、「衆鱗図」の表現技法上の大きな特徴として、金属のような光沢のある鱗を表現するために、銀箔や金箔を用いるという工夫があげられる。箔は、鰭を避けて尾の付け根まで全面に貼られ、その上から彩色し、鱗などが描かれる。また、彩色だけでは困難な虹色の表現も、箔と組み合わせることにより、実物に近い輝きの表現を可能にしている。全4帖に収められた723図のうち、約4割弱に箔の使用が認められ、そのうち金魚や緋鯉など13図が金箔、残りはすべて銀箔が用いられている。ほとんどの銀箔が黒変していないのは、箔の上に塗られた彩色下地などにより酸化が防がれているためと考えられる。箔の使用と同じく、表面の水気を含んだ質感を表現するために雲母や漆、または膠と思われるものを塗って光沢をだした魚の図もあり、また多くの魚は目にも箔を貼り、中央に漆のようなものを塗って光沢を表している。色や輝きとともに立体感の表現にも工夫がみられ、魚の頭や側線にある凹凸は、箔の下に胡粉のようなものを盛り上げて造作するほか、箔の上から細かい点を盛り上げて表皮の凹凸を表現した例が多くみられる〔図4〕。これらの図は最終的に輪郭線で丁寧に切り抜かれ、台紙に貼って仕上げられる。これは、先述のとおり、分類された図を限られた空間に効率よく収めるという制作工程上とられた方法とも言えるが、図が背景から切り離され、雲母引きの台紙に貼られる
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