―261―石」も詠われている(no.103)。着色に比べより即興性を発揮できる水墨技法は、上述のような樹石画の制作、受容とも相関して発展していったと考えられる。詩に詠われた樹石画の描写内容やイメージをみると、「霜雪」(no.26)、「歳寒」(no.33)、「寒色」(no.41, 82, 85)など冬や寒さに関する文字が多く使用されており、『論語』子罕篇や『礼記』礼器篇などに見られる、寒さに耐える松柏の高節の意が中心となっていることが分かる。具体的な松の様子としては、枝が折れ幹の裂けた古松の姿に言及する例が多く(no.27, 55, 88など)、龍や*(みずち)の姿に例えられることもある(no.26, 41)。もう一つ重要なイメージに「澗底の松」がある(no.33, 73, 109, 112)。西晋の左思が「詠史詩」(『文選』巻21)において、門閥貴族の世、寒門出身者は才能があっても重用されないことを、山上の苗に頭上を覆われている谷底の松に例えたものである。中唐から晩唐は、科挙による文人官僚層が次第に勢力を伸ばしてきた時期であるが、試験の難しさに加え、合格しても冷遇や左遷はつき物であり、その意味でも樹石画は、新興の文人士夫層に相応しい画題として受け入れられたと考えられる。制作者および鑑賞者層については、彼ら以外にも僧侶(no.47, 49〔道芬は画僧〕,51, 54, 55, 79〔徐宗偃は画僧〕, 82など)や道士(no.26, 112、また樹石画家の劉商は晩年道教に傾倒)が関わっていたことが注目される。仏教に関しては、経典や僧侶の著作を未調査のため文献的根拠を示しにくいが、寺院への参詣を詠った唐詩には院内の松が詠みこまれることが多いようである。また松の下は座禅などの修行の場所としても好まれたと思われる。時代は下がるが北宋前期に太宗(在位976〜997)の命で制作された『秘蔵詮』版画(ハーヴァード大学サックラー美術館)第13巻第2図に高僧が松下に座して説法を行う場面がある。杜甫が詠んだ韋偃の双松図には樹下に胡僧が描かれており(no.27)、このような図様の早い例として注目される。道教との関係では、古来、松は長生の象徴であり、松の実や、松根に生える茯苓は仙薬として用いられた。また、仙人になるためには身心を清らかな状態にすることが求められており、そのような面からも松石図が好まれたものと考えられる。5その他の山水画の主題その他の山水画の主題についてみると、実際の地方を描いた作品が注目される。「襄陽[湖北省]図」(no.5)、「江淮名勝図」(no.8)、「壁画衡霍諸山[湖南省]」(no.9)、「蜀道画図」(no.29)、「岷山沱江画図」(no.31)などは盛唐の例である。
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