―289―粋に対象物として重視している点において、風景画に分類されるものでありながら静物画と同様の性格を持ってもいよう。その岸田は、翌大正5年(1916)には《壺》〔図3〕を画面一杯に描いた。《壺》は、壺を置いた机と背景の境目も明確でないほどに画面に壺だけを絞り込んだ描写で、そこからは壺の存在感こそが描きたかったものであることが伝わってくる。そして壺の左側面と首の部分に置かれた光沢は、その光の反射によって、壺がこの空間に存在すること、実際にそこに在るということを示す役割を果している。また、画布の裏側の書き付けからも、本作の岸田の主眼は在るということの不思議さ、その神秘であることはこれまでも言及されてきた。そしてその同じ壺を右にわずかに回転させ、把手を省略して林檎を注ぎ口に載せてみせたのは《壺の上に林檎が載って在る》〔図4〕で、タイトルからも本作は、「在る」ことへの関心が質感への関心よりも勝っていると思われる。近年の研究で指摘されるように(注5)、岸田は《壺》に始まる静物画において自身の表現を突き詰めていた。そのような中で、《壺》においては陶器の冷たい手触りを画布上に再現しようと努めながらも、先にもみたように、岸田の主眼は対象物である壺の存在を描きとめることにあった。そしてそれは《静物(赤林檎三個、茶碗、ブリキ罐、匙)》〔図5〕になると、対象物の存在を前面に押し出さない静謐な表現にもなる。ここでは、各材質の質感の相違を描き分けながら、《道路と土手と塀》にみられたような絵具の物質性による対象の画布上への再現は抑えられている。林檎は林檎の個体としての進行のなかでいたみが見え始め、ブリキ缶はそれ自身が金属質の光沢を放ち、木の卓上と真下に置き合わされた匙にその光を映すのに対して、茶碗には一箇所だけ厚く白い絵具が塗られることで茶碗の存在が強調されている。ここでは、適宜光沢を使うことで、物の質感を描き分けながら静かな存在感を表現している。岸田は当該年代―ここで取り扱った作品に即していえば1915年から1920年―において、時に物の質感を描き分けながら、存在や実在、「在るといふ事」(注6)を表現した。これは物への関心があってこそであると考える。小出楢重小出は岸田とほぼ同年代である。小出は自らに親しい日本女性を好んでモデルに使い、その肢体の表現は肌理細かくなめらかで、裸婦の楢重として知られている。同様に静物表現においても、特に短い滞欧後の制作に対して、薄塗りの絵具のつやと共に不思議な透明感(注7)は既に指摘されてきた。筆者は、《蔬菜静物》(1925年)〔図6〕における野菜のねじれた形態と鮮やかな色彩―その色彩が漆黒の卓上に置かれ、
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