―290―またその色彩を卓上に映し込むこと―によって、より野菜と漆黒の卓の材質感が強調されると考えている。また、ひとつだけ卓上のすみに置かれたガラスコップは、その内側に映し出すアトリエ室内の光景によって、よりガラス質であることが強調され、そこに小出の対象物の質感への配慮とこだわりを見ることができる。そのこだわりは、《毛糸の束》〔図7〕では、日頃あえて対象を映し込ませる卓上を起毛素材で覆い隠し、さらにその上に触覚を刺激する毛糸の束を置き、そこに全く触感の異なる編み針やランプの台をあわせることでも明らかだろう。小出の対象物に対する質感表現への関心は、近年その存在が明らかになった大正11年(1922)の《静物》(個人蔵)〔図8〕からもよくわかる。短い滞欧から戻ってかなり早い時期の制作と思われる本作は、その後の静物画においてアクセントとして用いられることが多かったガラス器や金属質の盆を主に扱い、逆にレモンによって変化をつけた作品である。二色に染め分けられたグラスは盆にその影を映しながらも、盆自体は金属盆であることを強くは主張しない。この盆はよくみると緑や茶、青、紫等の色が混ぜられていて、その手前の部分やふちに鈍く施された光沢が、銀色の輝く盆ではないが金属盆であることを伝えている。これらは厚手のガラス器とレモンと共に画面右隅に見られる台上に置かれ、その台は後によく使われる漆黒の卓ほど上に置いたものを映してはいないけれど、それでもレモンやガラス壺の色を反映させている。また、盆に置かれたグラスの白い光沢とレモンの光沢は両者ともやや盛り上げて同様に置かれていて、小出はグラスとレモンとを同質に扱っていたことがうかがえ、そのことからは、対象物の材質が何であれ、画面内を等しい感覚で捉え表現するという後年にまでみられる特徴がこの時点から認められることになる(注8)。壁にあえて掛けられた懐中時計や円形の額と共に、本作は冷たい手触りを思い起こさせる対象物を選択しながら、光沢を巧みに使い画面全体の質感をコントロールしている。本作に限らず、先に挙げた作例とともに、小出作品は対象物の質感に加えてタブローとしての質感も主張しているように思われる。当該年代において、岸田が絵具の物質性によって対象物を再現しようとしたり、質感に留意して存在感を表現したのに比して、小出はそうはしない。絵具の物質性はむしろあまり強調せずに、しかし触覚に訴えかける。それは小出が、対象物の材質感と、タブローとしての表面のなめらかさという二重の意味でのマティエールを重視していたからではないだろうか。小出作品にみられる光沢は、裸婦の肌にみられる光沢―それはハイライトと呼ぶ方がふさわしいものである―も、反射する対象物の色彩としてのそれも、その対象物の質感を演出する。その一方でガラス絵を好み制作をし、幼少時には透明なものへの憧憬が深かっ
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