鹿島美術研究 年報第22号別冊(2005)
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―291―た(注9)小出は、対象物の個々に同等の視線を注ぎ、同じ密度の描写を平滑に行ったが故に、画面そのものがひとつの物質としても成り立つのである。実際には若干の亀裂が入っていようとも、薄いガラス一枚をすでにはめこんでいるかのような(注10)画面である。河辺昌久河辺の作品は、絵具の物質性で対象物を再現的に表現したものでも、画面をなめらかな一物質としてとらえたものでもない。河辺は《メカニズム》(1924年)〔図9〕で、喉を切開してみせた横向きの人物と手の甲を、おびただしい金属管を背景に描いた。それらの金属管は硬質な輝きを放ち、本作は《メカニズム》というタイトルからも、これが何らかの機械の内部であることを示唆している。なおかつ各所に点在して真鍮のような光沢を放つのが、紙による貼り付けであることに気づくとき、本作の質感表現への留意が一層明らかになる。喉の下に貼られた地図は布だが、“L’ESPRIT NOUVEAU”は厚紙、たとえば画面右下〔図10、11〕の管状の物質の端をとめている円形やキャップ、缶のプルトップの部分、左下方の人差し指のさす把手や親指そばのぜんまい等には薄紙が多用されている。その中には小さく文字が印刷されているものもあり、STEELと読める。何らかの金属の印刷図版を周到な計算の下に画面内にちりばめているのである。河辺は日本歯科医学専門学校に学んでおり、中原実との関連からも、歯科治療を思わせるこのモチーフやポーズは不可思議ではない。新興美術運動やそれに関連して制作された構成物の数々については、五十殿利治『大正期新興美術運動の研究』(スカイドア、1995年初版)に非常に詳しい。しかしここではそれらの文脈を離れても、先に挙げた金属質を印刷された紙で表現したという点に、本作が持つ物質へのこだわりを指摘したい(注11)。村山知義村山は、ドイツ留学から帰国直後にかけての作品として《ヘルタ・ハインツェ像》〔図12〕にみられるような、なめらかに仕上げられ、それ自身が光沢をもつ作品を描く一方で、《コンストルクチオン》〔図13〕のようなタブローに異素材を持ち込んだ制作も行っている(注12)。このような構成物(注13)については現存作品が少ないためにより慎重な言及を要するが、ここでは《コンストルクチオン》にみられる物質の表現を確認する。本作の東京国立近代美術館による材質表示は、油彩、紙、木、布、金属(注14)である。村山自身の言葉によれば「木の板の上に木の桟やら枠やらが取り付けられ、麻

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