鹿島美術研究 年報第22号別冊(2005)
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北宋美術における植物文様の研究―299―――陶磁器文様に見る宮廷趣味――研 究 者:遠 藤 啓 介1.はじめに北宋時代(960−1127)の陶磁器は、「宋磁」と呼ばれ、その美しさは高く評価され、中国陶磁史上、陶磁工芸が最高潮に達したことが知られている。それは汝窯や定窯に代表されるような官窯的性格を持つ窯の作品を中心とするもので、その釉の美しさを最大限にいかした青磁や白磁は、高い技術を背景に、もっとも洗練された宮廷趣味が反映されたものであった。しかし一方で、民窯を中心に文様を施す陶磁器も数多くあり、その中には技巧を駆使したハイレベルな文様も存在する。本論では陶磁器に施される植物文様の中に宮廷趣味を反映したものがあったことを墓葬美術などに見られる植物文様との比較から具体例を示して考察する。2.研究方法陶磁器に表現された文様については、中野徹氏、林良一氏、ヤン・ウィルギン氏などの先行研究(中野徹1977,林良一1992,Jan Wirgin1970)があり、本論の花文の表現などについても参考にしている。また、林良一氏や中野徹氏によると北宋時代の文様の起源は中晩唐期に遡るとされるが、本稿では紙幅の関係上、中晩唐期の文様については触れる事ができない。しかし、耀州窯や越州窯などに表される文様の一部が五代に遡るため、五代の植物文様についても考察対象とした。筆者は五代・北宋時代の植物文様のサンプルを陶磁器、墓葬美術、工芸品などから400点以上集め、陶磁器の植物文様を牡丹文、蓮花文、宝相華文に分け、モチーフの類似性に着目しながら比較検討を行なった。金銀器を中心とする工芸品はその遺品が少なく、本論は比較対象として墓葬美術を中心としている。墓葬美術については五代の皇帝陵や北宋皇陵を主として用い、その他に地宮に残された壁画や貴族や有力地主層の墓の壁画も検討した。五代の各皇帝陵には紀年銘があり年代の基準となりうる。北宋皇陵は河南省+義市西南部にあり、陵園内に石刻文様が多く残されており、年代が分かっているものが多い。皇帝陵に見られる文様は、皇帝に直結する工人の作例であり、宮廷の美意識・趣味を知る貴重な情報である。つまり、五代や北宋の皇族が使用した文様、特に多く用いられた植物文様に注目することにより、当時の皇族が好んだ文様を抽出することができるのである。そして、貴族、有力地主層の壁画を加える

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