―330―一方で東郷元帥の文様もかなりある。〔図15〕は有名な東城征太郎による「三笠艦橋の東郷大将」の油彩画を染めたものである。その他にも大礼服に勲章を付けた東郷元帥と東郷神社を描いたもの、元帥の肖像とラッパ、太鼓、金鵄勲章功二級、三笠、軍艦行進曲の歌詞の一部をローマ字で書いたもの(mamorumo semurumo hinomotono)などがある。鉄兜三つで三勇士を表現するような手法を留守模様と言う。また、鉄条網などの周辺の事物の中に、三勇士と漢字で書いて人物の代わりにする手法を葦手模様と言う。両方ともに染織の分野では良く知られた表現方法である。しかし、それが東郷元帥には採用されず、爆弾三勇士に用いられている。日露戦争の当時から新聞雑誌はもちろんのこと、絵葉書のモデルとしても大人気であった東郷氏の顔を知らぬ者はなかったであろうが、三勇士はどこにでもいる誰でも良い誰かだったのではないだろうか。それが個人の顔貌を特定する必要の無い留守模様や葦手模様での表現になったものと思われる。また、〔図16〕の羽裏は中国兵士の服装をした女性で、いわゆる女頭目である。中国では古代からかなりの女性将兵がおり、多くの軍記物に登場するが、日本で翻訳される時にはその存在が省略されるのが普通であった。彼女の刀が日本のものであることはたぶん日本の特務機関の協力者(注13)でもある事を示しており、当時はそのようなマタハリ的な存在にあこがれを抱く青年がかなりいたという。8.動物柄戦争柄には鳩、犬、馬の3種類の動物が描かれる。これらは現在でも靖国神社に祀られているように軍鳩数万羽、軍犬1万頭、軍馬50万頭(注14)が動員されたからである。鳩は八幡神との関連で戦神の使いとされており、その事を示す文献などは枚挙の暇がない。明治時代から軍事的な有用性は知られていたが、実際には大正9年から本格的な訓練と使用が始められ、昭和8年からは小学校教科書にも取り上げられるなど軍事的なイメージは非常に強い。しかしその一方で西洋風の平和の象徴としての鳩のイメージも明治以降は流入しており、昭和20年までの日本では戦争と平和と両方を意味するものであった。よって平和のための戦という言説を証するかのような鳩を含む戦争柄がある。〔図17〕は軍用の動物を集めただけの柄であるが、戦車、軍艦、旗、勲章などとともに描かれる鳩文様は大量に存在する。そのほとんどが白鳩であるのは、神聖な戦神の使いであるからだろう。
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