鹿島美術研究 年報第22号別冊(2005)
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―414―このような樹木の使い方は、至正26年(1366)の記年のある「青卞隠居図」〔図7〕や至正27年(1367)頃に作成されたとされる「花渓漁隠図」(台北故宮博物院蔵)〔図8〕にも見られる。しかし、「太白山図巻」では樹木の形態だけでなく、その色彩も効果的に利用して、樹木を画面構成上で巧みに使用している。画巻後半部の「萬工池」手前には、緑色の松樹のなかに極めて強い赤色の紅葉した樹木が描かれる。また、画巻末尾部分の水流に臨んだ部分には、非常に強い墨色で樹葉を打ちつけた樹木が描かれている。この二本の樹木の彩色は他に比べ非常に強い。そして、強い赤色の樹木は長く直線的に続いてきた「二十里松」の動きを受け止め、画面の動きと観者の視線を後景の増殖していくような山塊へと導き、画巻末尾の濃い墨色の樹木と組み合わされることで、画巻の主たる景物である「萬工池」と天童寺伽藍の描写を一層引き立たせる効果を生み出している。「太白山図巻」「具区林屋図」に共通する第二の特徴は、前景の水の部分に透明感のある明るい彩色の藍を塗布することで、これによってその上部に緻密に描きこまれた景物を引き立たせると共に、画面に清涼感や空間の広がりなどを表出している。これと同様の色彩の使用は、他の王蒙の伝称を持つ着色画でも見られず、王蒙晩年の特徴の一つといえるだろう。一方、「太白山図巻」と「具区林屋図」の描写で大きく異なっている点は、その皴法である。「具区林屋図」では、画面の大部分を占める山塊の岩肌に短皴・長皴などの変化のある皴が執拗に描きこまれている。それに対して「太白山図巻」で見られる皴は、墨の調子・筆法など比較的変化の少ないほぼ一貫したもので、他の王蒙画に比べ、筆数は減少しすっきりとした印象を受ける。特に前景に水流に臨んだ岩の描写は、数少ない筆線にも関わらず凸部に藍、凹部に代赭を施すことで巧みに岩の立体感を表現している。こうした描写方法は、「具区林屋図」をはじめとした王蒙画にはみられない。また、「二十里松」後方に描かれるなだらかな山々に施される皴は、やや縮れた線を平行に重ねていく、明らかに「披麻皴」を意識したものである。こうした観点から本図巻を見てみると、本図巻前景で実際には存在しない水流が描きこまれているのは、上述したような画面構成上の理由のほかに、「瀟湘図巻」(北京故宮博物院蔵)などをはじめとする伝董源画からの影響と考えることもできよう。本図巻後半部は、その前部の描写と異なり、背景までびっしりと山塊に覆われた天童寺境内の様相となっている。こうした空の空間が全くない圧迫感を伴ったような構図は、明らかに「具区林屋図」と共通する。また、「具区林屋図」の直前に描かれた

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