鹿島美術研究 年報第22号別冊(2005)
492/535

西域石窟壁画の図像学的研究―483―――キジル石窟の国王礼仏図を中心に――研 究 者:秋田公立美術工芸短期大学 専任講師  井 上   豪はじめにタリム盆地の古代オアシス諸国はシルクロードの宿場として栄え、商人や求法僧の往来に支えられて独特の文化圏を形成していた。インドから東アジアへ仏教文化が伝播する際にはこれら西域諸国がフィルターとして機能し、中国仏教美術の直接の源流となっていたわけである。しかしながら古代西域文化の具体的な姿については、文献資料を欠くため系統的な理解が難しく、遺跡や遺物の数々、とりわけ壁画を中心とした美術資料の図像解釈に頼らざるを得ない。本研究はクチャのキジル石窟を中心に壁画モチーフを読み解く試みである。古代クチャの亀茲国はシルクロードのいわばターミナルであったから、同窟の壁画には多くの外来粉本が混在しており、更に西域地方の固有文化も複雑に絡み合っている。そのため壁画を構成する人物図などの個別モチーフに難解なものが多く、これが西域美術の理解を困難にする一要素となっている。本稿では、多彩なモチーフの中から王侯の頭飾について取り上げてみたい。キジル石窟には国王礼仏図と呼ばれる壁画が数点知られるが、これらはいずれも実在の国王を描くもので、外来の仏教粉本によらず現地の風俗を描いたものとして貴重な資料である。興味深いのはこれら国王の中に宝冠を戴くものと無冠で露頭のものの2種が見られることで、中国の歴代正史や『大唐西域記』などの記録を参照しても宝冠については記述がない。2種の国王像は何を意味するものなのか、そもそも西域美術の宝冠とはいかなるものだったのか。以下ではキジル壁画における宝冠のありかたを中心に分析を試み、古代西域文化の一端について、近隣諸地域の状況と照合しながら考察していきたい。1.国王礼仏図の宝冠と「以錦蒙項」国王礼仏図とはいわゆる供養者像の一種であるが、いずれも丈の長い西域風の衣をまとった俗形で、多くは夫人と覚しき女性を伴い、香炉を持った僧侶に先導されて香華を手向ける姿である〔図1〜4〕。キジルには他にも俗形の寄進者像は少なくないが〔図5〕、国王とされる作例はいずれも頭光を伴っており、通常の俗人とは明らかに区別されている。また夫婦一組で子供を伴う例も見られるなど、家族単位で描かれる点も特徴といってよい。このうち第205窟の2作例および第69窟の作例には銘文が

元のページ  ../index.html#492

このブックを見る