鹿島美術研究 年報第22号別冊(2005)
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―486―2.天人の冠亀茲国王の宝冠が実は突厥風の錦帽であることを見てきたが、先述のようにこの頭飾は単に錦を頭に巻いているだけでなく下縁にディアデムを着けている。このディアデムは通常、説法図の供養天人や説話図の王侯が宝冠に用いているものであり、これは亀茲王の頭飾が宝冠の一種として認識されていたことを示していよう。壁画を描いた亀茲人たちは、国王の頭飾をいかなるイメージで捉えていたのであろうか。以下では、壁画に描かれる宝冠について些か分析を試みたい。礼仏図のアナンタバルマーやスバルナプシュパと同じ第2様式(注4)の壁画から天人や王侯の宝冠を見ていくと、細部の意匠が多彩なのに対し基本形式にさほどのバリエーションはなく、また宝冠の種類も窟ごとに比較的固定していることが分かる。まず〔図8〕は第13窟の乾闥婆である。大きな円盤が3つ並んだ形状の宝冠で、左右の円盤からは角状の突起が伸びており、また円盤と円盤の間には白い花状の装飾が見えている。同様の形状は第2様式の宝冠に例が多いが、第1様式の作例にも少なからず見ることができる。〔図9〕は第118窟の作例であるが、同様に3つの円盤を付けた形状で、中央の円盤から斜めに花綵が垂れており、円盤から伸びる角状の突起は鳥の形をしており先端から連珠の房が垂れている。この鳥形の装飾は第1様式の宝冠にはよく見られるもので、ササン朝の王冠に起源があるという(注5)。また第13窟の作例では中央の円盤の下方に楕円形の脚が付けられているのが分かる。これはガンダーラ彫刻のターバンが前額部で捻り上げられ上方に花形の結び目を開く形が原型であろう〔図10〕。第118窟の宝冠は中央の円盤に花綵が掛けられていたが、これもガンダーラのターバンから引き継がれた装飾である。左右の円盤が中央のものに比べ小振なのは、これがターバンの側頭部に付けられた宝石メダイヨンの肥大化であることを示していよう。このタイプの宝冠は西域壁画独自のもので、インドのグプタ彫刻やバーミヤン壁画との関係など検討の余地は多いが、元はガンダーラのターバン装飾を写したもので、各地の影響が加わって独特の変化を遂げたものということができる。〔図11〕は第205窟の供養天人が着ける宝冠である。中央には円盤装飾が一つだけで、そこには花綵が掛けられている。興味深いのは円盤の後ろに見える大型の髻で、そこには細かい連珠が2重に巻かれているのが分かる。同様の形式は第76窟など第1様式の天人に例が多い。第1様式の宝冠は第2様式のそれに比べバリエーションが多いが、これらは円盤、花、鳥形などの装飾を個別に組み合わせたもので、構成が最も単純なものは、ディアデムを鉢巻状に着けて髻に連珠を巻き、髻の連珠に花を留めている〔図12〕。この作例から考えれば、円盤や花などの装飾は髻の飾りとして認識されてい

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