)奈良時代塑像彩色面下層に見られる黒色について―504―2.2003年度助成研 究 者:東京芸術大学 美術学部 非常勤講師 矢 野 健一郎はじめに1997年7月、東大寺法華堂内陣は文化庁と美術院国宝修理所が設置した仏像修復調査の足場に囲まれていた。法華堂の諸像に遺された彩色表現の現状記録を東大寺当局の依頼を受け、仏像写真の草分けである株式会社『飛鳥園』が行うことになり、撮影作業中の安全管理と云う立場でお手伝いすることになった。結果、日光・月光両塑像の彩色工程をつぶさに観察することができた。制作現場にいる者の興味は仏像に遺されている造形表現が現在でも再現可能な技法なのか、使われている素材や道具、作業効率や経費はどのようであったか、また、制作当時最新の技法か古式な技法だったのかなど、着手から完成にいたるまでさまざまな問題にある。Ⅰ.塑造技法1.土の色奈良時代の塑像は基本的に三種の土を用いて造られていることが美術院国宝修理所の行った法隆寺五重塔塔本塑像・新薬師寺十二神将像などの修復事業報告で知られている。塑造の土は藁を山土(黄色)に混ぜた荒土、同じく山土に籾殻を混ぜた中土、そして雲母混じりの細砂(亜変形雲母岩の沈殿層から採取・青色)に植物性繊維(顕微鏡下でも麻・楮どちらか判らない)を混ぜ、寝かせた仕上げ土の三種である。仕上げ土は法隆寺五重塔塔本塑像のように黄味色を示す土と法隆寺食堂の梵天・帝釈天像や四天王像・金堂の吉祥天像、薬師寺の塑像残欠、新薬師寺の十二神将像、東大寺戒壇堂四天王像のように青白い色に見える青味の土がある。黄味の色と青味の色は用いる仕上げ土の採取箇所により異なり、青味の仕上げ土の微妙な色違いは植物繊維を混ぜた後の土を寝かせる時間の長短で起こる。土に混合された植物性繊維を水中微生物が分解する工程で土の色味が変化するからである。2.東大寺の塑像群に残された黒色〔図1〕研究課題とした『奈良時代塑像彩色面最下層に見られる黒色』は奈良時代の塑像全てに存在するわけではない。東大寺法華堂の執金剛神像・日光・月光像・吉祥天・弁財天像、戒壇堂四天王像には見られるが東大寺以外の法隆寺、薬師寺、新薬師寺、天
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