―63―摺りの状態からいってもかなり遅いものとみられる。顕著な相違点として蘭部巻三13ウの矢倉安安の印がない(注7)。山口大学附属図書館棲息堂文庫本は、蘭部巻一竹部巻四の二冊のみであるが、幸いこの二冊は書誌的な情報を多く含む。版元は開版元大野木市兵衛を含む四書肆であるが、同じ四書肆版と比べても墨版、色版などの省略が目立つ。表紙は地模様のある黄色い紙で千葉市美術館所蔵の蘭部四冊表紙と同じものである。題箋は薄紅色である。七書肆版は少なくとも二種あり、紙が薄めのものは六書肆版のすぐ後に続く比較的早い時期のものと考える。七書肆版で奉書摺りのものの位置付けが難しいが、相見本は四書肆版よりも遅いだろう。また現在調査した範囲では、もともとの表紙が黄色いものは薄紅色の題箋を伴い、その場合竹部の版元は開版元大野木市兵衛を含む四書肆である。今後、未調査本を調査し、場合によっては以前に調査した本を再度調査し、考察したい。森蘭斎『蘭斎画譜後編』諸本の異同について(中間報告)『蘭斎画譜後編』諸本の異同については以前少し触れたことがある(注8)。今回新たに調査した本について、その結果を報告したい。諸本の異同の意味するところについてはいまだ不明な点が多いが、現時点での見解を記しておく。筑波大学図書館本(筑波大本)が最も早いと考える。例えば戸田忠翰の私家版であるとかいった特別な事情が想定できる。諸本では序として一巻にあった戸田忠翰の文が跋として四巻にある。彩色摺の箇所が複数ある。手彩色とみられる箇所もあり、その箇所が多い。空摺と思しき箇所もある。筑波大本のみ彫師に続いて「摺工 上村輿兵衛」と摺師の記述がある。一巻見返に捺された「南□亭書画記」朱文長方印「森文祥印」白文方印「子禎」白文方印は筑波大本と東京芸術大学附属図書館本にのみ見られる。早稲田大学図書館本は筑波大本に次いで早い時期のものであろう。手彩色とみられる箇所があるが、筑波大本とは異なる箇所である。空摺と思しき箇所は共通している。彩色摺、手彩色の部分が全くない千葉市美術館所蔵本(千葉市美本)に先行するであろう。金沢美術工芸大学附属図書館本は千葉市美本に比べて墨板が足りないところがあり、千葉市美本よりも少し遅いものであろう。彩色摺、手彩色の部分はない。国会図書館所蔵相見香雨旧蔵本(相見本)は四巻の最後に四丁半の広告がある。その中には版元として須原屋茂兵衛の名と大坂売払所として秋田屋市兵衛の名が見え
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