1ポール・ゴーギャンにおけるプリミティヴィスム―86―――『黄色いキリスト』をめぐって――研 究 者:滋賀県立近代美術館 学芸員 田 平 麻 子はじめにポール・ゴーギャンの《黄色いキリスト》〔1889年、オルブライト=ノックス美術館蔵、図1〕は、ゴーギャンのブルターニュ滞在期の代表作のひとつである。ニゾン村のトレマロ礼拝堂にある17世紀の素朴な木彫のキリスト像〔17世紀、トレマロ礼拝堂、図2〕をモデルとしたことやブルターニュ地方を描いていることは、ゴーギャンのプリミティヴィスムへの関心のひとつとして捉えられてきた(注1)。これまで、ゴーギャンのプリミティヴィスムはブルターニュの民俗などへの関心のほかは、オセアニアやペルシャやアジアなどの非西洋圏の美術への関心と結びつけられて捉えられてきたが、ここでは他の要素から捉えなおしたい(注2)。そもそもプリミティヴィスムという語は、ルネサンス以前のイタリアもしくは北方の美術、すなわち西洋美術に対して使われてきた(注3)。その語が範囲を広げたのは、19世紀後半から西欧諸国に民族学博物館ができ、民族美術への関心が高まった20世紀初頭以降であるが、ゴールドウォーターは、美術への関心をもとに博物館のコレクションが形成されたのではなく、美的な関心はその後に育まれたと述べている(注4)。『Trésor de la langue française: Dictionnaire de la langue du XIXeet du XXesiècle(1789−1960)』では、未開社会の状態をプリミティフと呼ぶとあるが、芸術上のプリミティヴィスムについて民族美術とのつながりについての直接的な記述はなく、アンリ・ルソーへの批評を例に挙げ、素朴さ(naïveté)、技法が未熟であること、ういういしさ(fraîcheur)などがプリミティフな精神を思い起こさせる現代の作家をプリミティフと呼ぶとしている(注5)。20世紀後半にいたって、このプリミティヴィスムという言葉が、美術の専門教育を受けていない人々によるいわゆるナイーヴ・アートやアウトサイダー・アートまで含み、きわめて広範囲に用いられるようになってきたが、本報告では、20世紀的な広義のプリミティヴィスムの解釈から離れ、ゴーギャンの作品の検討を試みたい。なお本稿では、プリミティフの語を美術における狭義のプリミティフ、すなわち初期ルネサンス以前の西洋美術に対して用いることとする。1《黄色いキリスト》の空間構成《黄色いキリスト》は、1889年の9月から10月にかけて制作されたと推定されてい
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