―127―も気づいていたようである(注3)。ドラクロワは生涯ラファエッロを賞賛し続けた。19世紀フランスにおいて、古典主義の完成者としてラファエッロの威光は十分に輝いていたが、アングルら新古典主義の画家たちだけがラファエッロを理想としていたのではなかった。ロマン主義を体現したドラクロワもまた、このルネサンスの巨匠をたえず目標としていたのである(注4)。とりわけ壁画のようなモニュメンタルな作品に携わるとき、ドラクロワはラファエッロから多くを学んでいる。このサン=シュルピス聖堂壁画においても、それは十分にうかがうことができるのである(注5)。一方でドラクロワはラファエッロの模倣者たちを非難している。ドラクロワによれば、その外見を引き写しているだけの盲目的な「模倣」は弱々しい作品しか生み出さないのである(注6)。ではいったい、彼自身はどのようにしてラファエッロに代表されるような伝統に立ち向かったのであろうか。光の表現についてこの問題に取り組むためにまず、この壁画が描かれている場所の位置関係について確認しておきたい。聖堂正面に向かって右側にある南側の塔の扉から内部に入ると、右手に聖天使礼拝堂がある。コの字型になっている礼拝堂の3つの壁面、すなわち南側にある窓に向かって左側に「ヤコブ」、右側に「ヘリオドロス」、そして天井には「聖ミカエル」が描かれている。この聖天使礼拝堂は構造上、南側から光が差すようになっている〔図4〕。とりわけ、天井に描かれた「聖ミカエル」を除く2つの画面には、日中であれば光が十分に当たっており、この光によってわれわれはドラクロワの壁画を見ることができるのである。ここで、南側に光源があることに注意して画面を観察してみよう。東側に描かれた「ヤコブ」において、樫の木には右から光が当たっており、実際にヤコブや天使ら人物の影は左に伸びている。一方、西側の「ヘリオドロス」では、たなびくカーテンに強く当たっている光や、建物に映る影の向きから光源が左にあることがわかる。つまり、このように人物などの影や光の当たり方を見ると、どちらの画面も南側から光が差していることを意識した表現となっているのである(注7)。「ヤコブ」のための準備素描のなかには、完成作とは左右反転した構図を持つものがあるが、これを見ると、人物の影の向きから、右側に光源があることは間違いない〔図5〕。つまり、このような光の向きは、当初からドラクロワが意識していたものと思われる。自然光を意識して画面の光を構成したという点で、この礼拝堂の2つの壁画におい
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