鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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プラハ・マニエリスム期のルドルフ宮廷における「帝国」の表象―147―――インプレーサ集『神と人間のシュンボルム集』の成立過程をめぐって――研 究 者:千葉大学大学院社会文化科学研究科博士後期課程 小川浩史1.序文――本研究の目的16世紀後半の神聖ローマ帝国において、イタリアで誕生したインプレーサという文学様式が流行し、独自の進展を遂げた。その中でも最大の規模を誇る著作が、約900点のインプレーサ図像からなる『神と人間のシュンボルム集』(Symbola divina ethumana…、プラハ、1600/1−1603、以下『シュンボルム集』と略記)である(注1)。この著作は古物研究家オクタヴィオ・ストラーダ、歴史家ヤコブス・ティポティウス、銅版画家エギディウス・サーデラーの3人によって制作され、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の宮廷で制作された視覚表象に大きな影響を及ぼした。インプレーサ(impresa)とは本来、イタリア語の「企図するimprendre」に由来する初期近代に発生した語彙である。またこの文学形式は、同じく当時西欧の宮廷人達に親しまれていたエンブレム文学と同様、「モットー」と、その視覚表象である「イコン」、及びモットーと図像について説明した「エピグラム」の三要素を基本構成とする。ただし本論で考察するインプレーサ集は、手稿本の段階ではエピグラムが付されておらず〔図1〕、1600年に制作された印刷本で始めてティポティウスによりエピグラムが付加された。インプレーサはこの構成を元に、特定の人物の美徳や思想、行動規範を表象したものである(注2)。これまでの研究により『シュンボルム集』は王権表象や、宮廷のコレクショニズムとの強い関連性があることが明らかにされている。しかしながら一連の先行研究は、主に1601年から1603年に出版された印刷本のみを考察の対象としており、ヤーコポ及びオクタヴィオ・ストラーダ父子の制作した印刷本の原型となる手稿本が存在するにも関わらず、これらは未だ本格的に論じられていない(注3)。本稿では国内外で初めての試みとして、報告者が実見した『シュンボルム集』出版以前の4つの手稿本と、この著作の制作の源泉として表題頁に記載された「ストラーダのムーサエウム」と呼ばれる諸事物の蒐集と図像の生産の場の関係性に着目する(注4)。この考察により、インプレーサ図像が他の視覚表象に受容される過程と、そこで生み出される帝国像を明らかにしたい。

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