鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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―150―には描かれていない最下部のインプレーサ図像では、中央にローマの擬人像が描かれ、下部のモットー「行くことにより力を得る(VIRES ACQVRIT EVNDO)」はウェルギリウスの『アエネーイス』4章175行目に由来している(注12)。また、インプレーサ図像〔図6〕では背景にローマの建築物と思われる遺跡のある風景が描かれているが、ミニアチュールでは背景に北方の風景が見える〔図7〕。この背景の交換は、ローマ帝国の名声をルドルフの治世の名声に読み替えるという機能を果たし、皇帝に相応しい権能を有するルドルフの下での平穏な帝国像を表象している。上述のように同一のインプレーサ図像が複数制作され、また、他の画家にほぼ同一の図像が利用されているという事実は、彼らが視覚表象における政治的プロパガンダとしてインプレーサ図像が有効なものだと認識していたことを示唆している。実際これらの雛形図像は、オクタヴィオの工房による他のインプレーサ集や他の宮廷画家の作品に利用されている。この作例として、宮廷画家ハンス・フォン・アーヒェンが上記のインプレーサ〔図6〕を用いた《ザクセン選帝侯クリスティアン2世のアレゴリー》〔図8〕という瑪瑙に描かれた作品がある。これは皇帝から選帝侯クリスティアン2世への贈答品として制作されたものである。この作品の画面下部にはローマの擬人像が戦闘の後に残された武具の上に座っている。この打ち捨てられた武具にはターバンが描かれ、トルコ軍の敗北を示唆している。また、画面左上部では棕櫚と月桂樹を持つ平和の使者が、皇帝を表す鷲にこれを捧げようとしている。画面に描かれた三者による安定した三角形の構図は、皇帝軍の勝利によりもたらされた平穏な状態を想起させ、皇帝軍の勝利のためにはザクセン選帝侯の協力が不可欠であることを訴える内容になっている。さらにフォン・アーヒェンのインプレーサ図像を用いた政治的プロパガンダのために描かれた多数の作品の中でも、最も規模が大きい《トルコ戦争のアレゴリー》と題される12点の連作が存在し、他の宮廷芸術家により模写された。その一例のパウルス・ファン・フィアーネンの《ターゴヴィストの会戦のアレゴリー》〔図9〕は、フォン・アーヒェンの絵画作品《ジジェクの会戦のアレゴリー》〔図10〕の摸刻である。メダイヨンや版画といった媒体は、ルドルフ宮廷において政治的プロパガンダとして、当時とりわけ重視されていた(注13)。二つの作品の画面中央上部には、『オーストリア本』のインプレーサ図像「南風が戦うもの(CVI MILITAT AVSTER)」〔図11〕を利用したものである。このモットーにある南風を意味する「AVSTER」は、同時に「オーストリア(Austria)」を暗示する言葉遊びとする説もある(注14)。この解釈に従えば、インプレーサの内容と画面下部に広がる光景が呼応することにより、トルコ

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