2ビサンティン福音書写本における扉絵の研究―156―――メルボルン、ヴィクトリア・ナショナル・ギャラリー、Felton710/5を中心に――研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程 桜 井 夕里子ビザンティン写本に装飾が施される場合、挿絵の数や挿入される位置、内容についての厳密な決まりはない。しかしマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書を1冊とすテトラエヴァンゲリオンでは、各福音書の前に挿絵を配することが多い。挿絵は福音書記者像がる四福音書最も一般的であり、10世紀頃からは記者像とともに装飾されたヘッドピースを配する作例が見られ、11世紀後半から「キリストの降誕」や「洗礼」などナラティヴな主題を描く作例が制作される。加えて、この時期に旧約聖書の預言者像を福音書冒頭に描く写本が散見される。「ロッサーノ福音書」など、6世紀にも旧約の預言者像を予型論的に用いる例は見られるが、11世紀以降、預言者は福音書の扉絵を飾るモティーフのひとつとなる。小論で取りあげる「テオファニス福音書」(注1)もその1冊である〔表1〕。「テオファニス福音書」は、12世紀(注2)にコンスタンティノポリスで制作されたと考えられる24.2×17.4センチほどの比較的小型の四福音書で、修道士テオファニスによって文字と挿絵が描かれたとされる。中期ビザンティン時代の四福音書における預言者像にはいくつかのパターンがある。パルマ、パラティーナ図書館所蔵(gr. 5)やヴェネツィア、マルチアーナ図書館所蔵(gr. Z540)の福音書写本のように、四福音書の巻頭挿絵である「マイエスタス・ドミニ」(荘厳のキリスト)と組合わせて描かれることもあれば(注3)、パリ国立図書館所蔵の四福音書(gr. 74)(注4)のように各福音書の冒頭に配される例もある。写本ごとに預言者の選択や人数は異なるし、福音書との組合わせにもヴァリエーションがあり、その意味するところは必ずしも一様ではない〔表2〕。「テオファニス福音書」は、人像挿絵を10枚以上有する豪華な写本である。とりわけ、巻頭挿絵である「修道士テオファニスの聖母マリアへの写本献呈」(f.1v)〔図1〕は特異な銘文(注5)がつけられていることで名高い。また、対観表(f.3r−7r)などに、「12か月の労働」と「美徳」の擬人像が挿入されていることも特筆すべきだろう(注6)。四福音書の冒頭には、植物文様で装飾された扉絵と、その左側に預言者が描かれる。マタイ福音書にエレミヤ〔図2〕、マルコ福音書にイザヤ〔図3〕、ルカ福音書にザカリア(注7)〔図4〕、ヨハネ福音書にダビデ(注8)〔図5〕である。各福音書冒頭の見開き左頁には、福音書記者像と教会祭日に関わるナラティヴな挿絵が描かれていたが現在は切り取られている(注9)。しかし、ヴェネツィアのマルチ
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