鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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―204―する僧侶や俗人の姿は描かれず、祈願する人々の前に観音が姿をあらわす、という劇的で説話性を持つ意味内容が薄れてしまっている。描かれた空間は穏やかで、観音に動きは認められない。しかし、五個廟石窟第4窟(注12)はやや様相が異なる。五個廟石窟は全体的に窟内で火を焚いた煤の付着がひどく壁画の破損も著しいが、4窟はその中でも比較的状態がいい。窟内には普賢変、文殊変が描かれ、水月観音図は南側に開く窟内の南壁門の両脇に配されている。特に東側はよく残り、全体の構図を読み取ることができる。画面は大きく3分割され、上部5分の3を岩座に坐す観音が占めている。下方を2分割し、帯状に水流と岸が設定されている。観音は片足を垂下し、足を蓮池から大きく伸びた1本の蓮台に載せている。上半身は不明である。岸上には観音に比してかなり小さい縮尺で複数の人物が描かれる。画面に向かって左方には頭光を伴い、袈裟を付けた僧形が3人おり、2人は立ち姿で、1人は供物であろうか、包みを地面に置き観音の方向へ跪いている。向かって右にも3人の人物が認められるが、帽子を被り合掌する人物の他は状態が悪く、ほとんど図様は判断できない。しかし、画面下部の左右に人物を均等に配しており、観音を中心とした三角形構図が認められる。このような構図は西側にも見られ、画面の上方3分の2ほどは煤と落書きで覆われてしまっているが、残存部からは、東側とほぼ同じ画面構成をとり、しかし人物の数が左右に各2人であることが認められる。興味深いことに、五個廟第4窟の水月観音図と楡林窟第29窟の一対の水月観音図は図像構成や表現に多々類似する部分があり、大変近しい関係にあると見ることができる。楡林窟第29窟では、主室北壁の中央に説法図を挟んでその左右(東西側)に水月観音図が描かれている。窟内で最も奥に位置する壁であり、描かれる画題の重要性も高いと考えられる。五個廟第4窟との図像の共通性を指摘したが、本窟は両図ともに画面を大きく3分割し、下から手前に岸、水流、岩座上に坐す水月観音と画面が構成されている。より明瞭に図像を起こすことのできた東側の水月観音図について観察を進めると、岸には複数の人物が左右に分かれて描かれており、向かって右方に僧俗合わせて4人が合掌し、左方ではやはり合掌する僧形の他に1人または2人の人物がいるようである。水流には火炎龍が観音を見上げ、蓮の花が一輪大きく伸びて画面の上方で岩座に坐す観音の垂下した片足を載せている。西側の図像は調査時間の制限によって描き起こし図は作成できなかったが、画面の構成は東側と同様であり、観音は足を前方に伸ばす坐法であり、また岸上の人物群には馬も認められた。両図ともに観音は画面上方の中央に配されており、下部を帯状に横位に区切って水流と岸としてい

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