―223―一.ベゼクリク誓願図の図様概観ベゼクリク石窟の誓願図の記録としては、1906年9月から11月のおよそ2ヶ月にわたって同石窟で調査活動を行った第3回ドイツ探検隊の調査報告書、A.Grüwedel,Altbuddhistische Kultstätten in Chinesisch-Turkistan, Berlin, 1912(以下グリュンヴェーデルの記述としてあげるものは全て本書による)が、未だに唯一網羅的であって最も詳しい。しかも、ベゼクリクの壁画は当のドイツ隊ほか各国の探検隊によって切り取られて分散しており、また過去一世紀の間には壁画の損傷がすすんでいるので、窟の旧状を記した本書は貴重な資料的価値を有する。しかし、その記述には編集段階の混乱のためか、窟の現状と一致しなかったり(注6)、表現が一貫性を欠いていて(注7)正確なところが掴めなかったりする箇所が間々見受けられる。そこで本研究では現状を報告するとともに、ベゼクリクの誓願図を図様によって分類し、その全貌把握に努めた。まず誓願図の形式を確認していきたい。誓願図の画面構成はパターン化しており、常に一定のルールに基づいている。すなわち、中央に大きく四分の三正面観の仏立像―過去仏にあたる―をあらわし、その左右に小さく様々な人物を上下数段におり重なる様に配する。これらの人物の動きや、時には建築・動物など背景を描くことによって、異なる情景を描写している。なかでも最も重要な釈迦の前世の姿であるところの人物は、画面の下部に仏と向き合うように描かれている。これと同様の人物を、仏を挟んで対称の位置に配し、異時同図法的な効果を意図していると思われる構図もしばしばみられる。多くの場合、それ以外の人物像は画面荘厳のために加えられているのであって、特定の主題内容を説明するものではないといっても過言ではない。このような誓願図の画面形式は、すでに指摘されているように、クチャ地方における説法図などの壁画形式に先例がみられ、その絵画的伝統を継承するものである(注8)。次に個々の人物像をみていくと、その衣装・姿態とも、図像のヴァリエーションがごく限られていることに注意される。すなわち、天冠をつけ着甲する武人形。天冠・条帛・長裙をつける天人形。これに似るが上半身を衣で覆うことから女性と知られる像。頭頂に髻を結い、髭をたくわえ、条帛(しばしば獣皮)・裙、時に獣皮の脚絆をつける婆羅門形。老若の比丘。頭頂に肉髻を備え、一見仏ともみえる比丘形。豊かな髭をたくわえ、チュニックとズボンを着て靴を履き、様々な形の帽子を被るという出で立ちで、荷をつけた駱駝や驢馬などを伴う胡人。執金剛神。童子。以上の類型に尽きるのである。これらのうち、天人形・婆羅門形・肉髻のある比丘形(注9)・執金剛神は、ほぼ亀茲絵画の図像を踏襲しており、その延長線上にあるといえよう。また
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