―261―持っていたであろう。ただしリッピの着想源が失われたマザッチョ作品であったとしても、中央に大胆に風景表現をとりこんだことは彼の創意と言うことができるのではないだろうか。ドメニコ・ヴェネツィアーノおよびアンジェリコの作品においても中央の門の奥には蔦のからまる中庭が見えるが、それは遠景まで見通せる風景ではない。以上のように、サン・ロレンツォ作品の舞台設定は、同時代では特異なものだったことが確認されるが、興味深いことにリッピは、本作品で試みた方向性をその後に制作した主要な受胎告知図においても継続させている。例えば、1440年代初めの《受胎告知》〔図14〕の舞台は書見台やベッドを備えたマリアの居住空間だが、登場人物たちの背後には、対称的な三連のアーチを備えた通路があり、中央アーチ下の窓のような開口部からは、庭や塀の外の野山がのぞいている。また、同じく1440年代の《受胎告知》〔図15〕では、アーチを伴った柱の列(下部は低い壁になっている)が画面を前景と後景に仕切っているが、この柱の間からは屋外の様子が見えるし、アーチや柱、壁や塀などの建築要素は、画面中央を中心として対称的に設定されている。このように、改変を加えつつもサン・ロレンツォ作品以来の舞台設定を保ったのは、同作品が絵画注文主たちの間で一定の支持を得ていたからではないだろうか。また、サン・ロレンツォ作品の少なからぬ影響力は、1440年代から世紀後半にかけての他の作例からも推測できる。ザノビ・ストロッツィの《受胎告知》〔図16〕では、人物などの基本構図はアンジェリコ作品に依拠している(注17)。しかし、向かって正面の壁に上部がアーチとなった出入口が設置され、そこから屋外の景色が見えるという構成には、明らかにサン・ロレンツォ作品の影響が認められるのではないだろうか。フラ・カルネヴァーレの《受胎告知》〔図17〕も、左右の建物が天使の頭上付近の消失点に向かって後退する点、画面の中央に風景描写が取り入れられている点が、サン・ロレンツォ作品の構成を想起させる(注18)。前出のアレッシォ・ヴァルドヴィネッティの作品〔図9〕は、最前面と後景に配置された二連のアーチと柱の組み合わせがサン・ロレンツォ作品を思わせる。ネリ・ディ・ビッチの《受胎告知》〔図18〕では、サン・ロレンツォ作品によく似た左右対称のポーティコ風の建築が登場する。画面中央部、天使の背後にはおそらくは二連のアーチ構造があり、柱の間から屋外の庭や木々が見えるのも、サン・ロレンツォ作品と同様である(注19)。そしてやはり前出のロレンツォ・クレディによる《受胎告知》〔図10〕は、サン・ロレンツォ作品というよりも、リッピのミュンヘンの《受胎告知》〔図15〕に極めて近い構図を示している。向かって正面のアーチを備えた窓や出入口のある壁は、ミュンヘン作品で、
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