鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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主要人物の画面右半分への集中、脇役天使の登場、手前に置かれたガラス瓶等である。ガラス瓶の描写は、しばしばフランドル絵画と結びつけられる。M. Holmes, Fra Filippo Lippi: TheCarmelite painter,New Heaven and London, 1999, p.118.■Michael Baxandall, Painting and Experience in Fifteenth Century Italy,2nd.ed., Oxford, 1988, p.50;宗教劇については、B. Newbigin, Feste d’ Oltrarno: Plays in Churches in Fifteenth Century Florence,注本論で扱うフィリッポ・リッピ作品の制作年代は、次のモノグラフによった。Jeffrey Ruda, Fra■W. Hood, Fra Angelico at San Marco,New Heaven and London, 1993, p.268; S. Renner, Die■Ruda, op.cit.,p.402.■例えば、ドゥッチョやシモーネ・マルティーニの作品〔図7、8〕。■Renner, op.cit.,pp.24−30.民衆向けの文学では『黄金伝説』などの例がある。ヤコブス・デ・ウォラギネ、「主のお告げ」『黄金伝説』1巻、前田敬作ほか訳、人文書院、1979年、491−506頁。■当初から一画面の祭壇画だったという説のほか、オルガンや聖具用棚の扉説などが提出されて―262―Filippo Lippi: Life and Works with a Complete Catalogue, London, 1993.Darstellungder Verkündigung an Maria in der Florentinischen Malerei,Bonn, 1995, pp.92−93.Ruda, op.cit., p.126.Firenze, 1996.いる。Ruda, op.cit., pp.399−401.前景と後景を隔てていた構造物とほぼ同じものであるといえるだろう。壁の向こうに整備された庭の景色を見通すことができるのも、リッピ作品と共通している。これらの例から、サン・ロレンツォ作品の舞台設定が、同時代のフィレンツェ絵画に対して影響をおよぼしていたことは明らかだといえるだろう。4 結び以上、サン・ロレンツォ聖堂の《受胎告知》と同時代作品との関わりを明らかにするために、マリアの所作と舞台設定に着目して作例を検討してきた。その結果、まずこの二つのモティーフにおいて、リッピが従来にない新しい表現を提供していることを確認できた。さらに1440年代以降のフィレンツェ絵画において、本作品のマリアや舞台設定との具体的な共通点を指摘することができた。このことを総合すれば、本作品は決して例外的なものではなく、むしろ15世紀フィレンツェの受胎告知図の中で一定の影響力を発揮した作品であったということがわかるのである。このような観点は、サン・ロレンツォ作品の従来あまり論じられなかった一面に光を当てるとともに、15世紀フィレンツェの受胎告知図に関する研究に対しても新たな視点を提供するものと言えるのではないだろうか。

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