鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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+支持体の両面を用いたパウル・クレーの作品について―18―――その通時的概観――研 究 者:チューリヒ大学 美術史研究所博士課程  柿 沼 万里江はじめに本稿では、パウル・クレー(1879−1940)が紙、厚紙、キャンヴァス等の支持体の両面を利用した作品を数多く残している点に注目し、これまでのクレー研究では体系的に論じられてこなかった「両面作品」の問題を取りあげる。『パウル・クレー カタログ・レゾネ』を検討すると(注1)、両面に描かれた作品の数は550点にものぼることが、さらにその90%以上は紙作品であることが判明する。従来のクレー研究では僅かな例外を除き(注2)、専ら、数の上では少ないタブローの「両面作品」が個別的に考察されてきた(注3)。こうした不均衡を是正するためにも、紙作品を含めた包括的な調査が必要となる。筆者はレゾネのデータをもとに、ベルンのパウル・クレー・センター(旧パウル・クレー財団、クレー家遺品コレクション、リヴィア・クレー・コレクション)所蔵とスイス個人蔵の紙作品を実際に調査し、またベルン美術館の修復家の協力を得て裏面の絵の赤外線撮影を行った。一方、現時点で実地調査が困難な作品(タブローやベルンのコレクション以外の紙作品)については旧財団保管の写真資料でデータを補った。クレーは、(自筆作品総目録に登録した)紙作品を厚紙の台紙に貼りつけ、そこに題名や作品番号を書き込んでいる。こうした形式的な処置のため、裏面を直接観察することはできないが、薄紙などの透ける支持体の場合、裏面に描かれたモチーフを肉眼で確認することは十分にできる。また、厚紙やタブローなどの透けない支持体の場合でも、修復、調査、販売を通じて裏面の絵が偶然に現れることもある。本稿では、このような支持体の性質の違いを考慮しながら、クレーの画業を便宜上8つの時期に区分し、各時期の特徴を纏めることで、両面に描かれた作品の全体像を包括的に把握することを主眼とする(注4)。8つの時期の特徴上述の調査に基づき、各時期ごとに両面に描かれた作品の点数を示し、「裏絵」の性質や機能を分類・整理していく。

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