岩手県内の戦後美術に関する基礎的研究―276―研 究 者:岩手県立美術館 専門学芸員 根 本 亮 子岩手県内の戦後美術の動向については、細野金三『昭和中期 岩手の美術 おぼえがき』(昭和57年、私家版)や佐々木一郎『いわての美術と共に歩んで』(昭和62年、私家版)など、時代の目撃者である画家たちの具体的な証言が残されているほか、昭和59年(1984)に設立された萬鉄五郎記念美術館において様々な戦後作家の業績が積極的に紹介されてきた。また、ごく最近においては平成18年(2005)4月23日から7月3日まで同美術館、もりおか啄木・賢治青春館、岩手町立石神の丘美術館三館の共同企画による「いわて近代洋画100年展」が開催され、展覧会関係者によって作成された詳細な年表によって明治から昭和50年(1975)に至るまでの盛岡を中心とする岩手美術界の主要な流れが明らかにされるなど、戦後の県内美術に関する研究は着実に進みつつある。本研究では戦後以降の県内の様々な展覧会や美術運動の美術史的な位置づけを行うことを将来的な目標とし、その基盤となるデータ整備作業を中心に行った。具体的には細野金三の前掲書に収録されている戦後から60年代後半までの個展・グループ展のリスト(グループ名/開催年・月/会場名(場所))を基礎データとしてデータベース化し、当事の新聞記事や他の資料により判明した情報を一括して入力することにより、事実関係の修正や各展覧会の会期や概要・出品作家等の情報を補完する作業であり、これは現在も進行中である。本稿ではこれらの作業で得られた情報をもとに、60年代の東北において前衛的な美術運動を行ったとして知られる「集団N39」と、このグループの成立に係わりが深いと思われるいくつかの動向について考察を加えることとしたい。集団N39昭和37年(1962)4月8日、盛岡の県自治会館において高橋昭八郎、柵山龍司、村上善男、藤沢多巳夫、橋本正、杉村英一、及川節郎、大宮政郎、田村富男、上飯坂清子、伊藤元之の十一名による「1人の詩人、8人の画家と1人の芸術家、舞踏家による4月8日の日曜日」という一日限りのイベントが華々しく開催された。靴下やゴム手袋を貼り付けた鉄の作品、焼き麩をキャンバスに貼り付けたもの、赤・白の球を詰めた錆びたストーブなど十五点の作品が展示され、モダンダンスのグループが作品と観客の間をぬって踊りを披露したとされるこの風変わりなイベントは、当時大きな話
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