―290―・絵 [尊意渡水]洪水の鴨川を渡る牛車、御簾の間から尊意が覗く、従者は僧侶3人、童子2人。この段は、丁類(安楽寺本系)でテキストが大幅に増補された箇所であるが、図様は諸本に比較して相違を認めがたい。第8段・詞 [菅根薨去、時平薨去、時平一族への祟り]が続けて記される。・絵 [時平薨去]僧浄蔵、横たわる時平、耳からのぞく青龍、嘆き悲しむ人々。珍しいのは、庭に降り画面左方向へ去っていくように見える束帯姿の人物であるが、現在のところ不詳。(以上、奥書等なし。)3.丁類の図像考察への視点常照皇寺本の図様は、おおむね初期形成期の図様(佐太文明本、杉谷本、スペンサー本等)の趣に近いことがわかる。しかし特有の図様が多くその源泉を探ることは難しい。共通祖本をもつと想定される草岡神社本もあわせて考察すると、先述の[清涼殿霹靂]の他にも、[幼少詩作](注22)、[日蔵六道巡歴]、[大政威徳天宮]等の場面には、諸本に類例のない図様をもつことが認められる(注23)(〔図9〜11〕参照)。それらの中で特に、[日蔵六道巡歴]、[大政威徳天宮]については、その詞書に採用する丁類の縁起のテキストに基づく図様であると考えられる。例えば、草岡神社本[日蔵六道巡歴](〔図10〕、ただし部分)は、諸本に見ることのできない、きわめて特異な構成、図様になっており、草岡神社本の中でも特に注目したい箇所である。描かれるモチーフは、閻魔王とその従者達、叫喚地獄(罪人に銅を飲ませる)、等活地獄(刀輪処、鉄の壁、炎、そこから獄卒が罪人を串刺しに差し上げる)、畜生道(馬、牛、犬、蛇の人頭身獣、牛の獣頭人身、蛙をねらう蛇)、餓鬼道(子を食う、食物が燃える等)、阿修羅道と見ることができ、日蔵は2回登場する。諸本を見るに、閻魔王は杉谷本にも登場するが、串刺しの罪人(おそらく醍醐帝)モチーフは、「目連救母説話」の「串刺しの母」図像との深い関連を示すものだろう。ここでの諸地獄などの描写には「熊野観心十界図」に見られる地獄のモチーフが転用されていることに注目したい(注24)。同じく草岡神社本[大政威徳天宮]〔図11〕は、大政威徳天の宮殿で、日蔵が大政威徳天(童子を伴う)に会う場面で、本図も草岡神社本の中でも特に注目すべき図様といえよう。諸本で大政威徳天の宮殿を描くのは、メトロポリタン本、神奈川県立博物館本(注25)、北野天満宮光起本、上宮天満宮本等が挙げられる。草岡神社本の大
元のページ ../index.html#300