―308―一 現状大林院本は、掛幅仕立ての絹本著色画であり、三副で一鋪を成す。法量は実測値縦127.6(4.21)×横84.5(2.97)cm(尺)を示す。画面の上から五分の一ほどが黒変し、絹の傷みも激しい部分が認められるが、これは密教画特有の修法による損傷で、本図もかつて激しい使用に堪えたことが推察される。各絹巾は向かって左から18.7、44.8(1.49)、21.0cm(尺)、画絹の組成は一平方cmあたり経約45本(2本引き揃え)×緯約41越で、組織点(経と緯の交点)は1845点を数え、最大絹巾と共に鎌倉時代としては一般的な数値を示す(注2)。二 表現と技法不動明王は、上半身裸で、燃えさかる火炎を背に、左手に羂索を、右手に背丈ほどもある長い宝剣の剣身を素手で握り、画面中央で岩坐上に堂々と屹立している。矜迦羅童子は中尊の左足下に腰をかがめて中尊を仰ぎ見つつ合掌し、制多迦童子は同じく右足下で、金剛棒と三鈷杵を握り、逃げ出すような姿勢で、中尊を振り返る。これら二童子は中尊の三分の一ほどの背丈しかなく、不動明王の大きさが一際目立っている。背景には大海原が画面一杯に広がり、荒れ狂う波濤が三尊の乗る岩に押し寄せている。まず、画面中央に聳え立つ不動明王をみると、頭髪にはベンガラ(注3)を塗り、墨線で渦巻を描き、その墨線の間に金泥を引く。額上には宝冠と小さな開敷蓮華を戴く。蓮弁には先端に赤色の痕跡があり、赤蓮華であったとわかる。肉身は顔から首にかけて絹の損傷があるが、両足の甲などには鮮麗な群青の粒子が認められ青肉身と判じられる。眼は左目を少しだけ細め、右目を大きく見開き、その視線は遙か前方を睨みつけるかのようである。目の輪郭を墨線で描き、白色を塗り白眼とし、朱を目頭と目尻にさして充血を表す。虹彩には朱を塗って縁を金泥で括り、瞳孔に墨をで点じる。口辺も絹が傷んでおり判じにくいが、右と左の牙を上下に出して、白い牙の突き出す歯茎には朱が確認できる。持物をみると、宝剣の剣身では中央と左右の面で明らかに色が異なる。仔細に見れば、剣身にはまず全面に群青を塗り、次に左右面だけ臙脂または蘇芳といった有機系色料による紫色を施し、最後に輪郭の内側を白でくっきりと括る。柄の把部は蓮弁が
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