鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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―311―肉髻珠を意図したものと考えられるのである。さらに中尊の両腕が膝まで届くほどに長いことや、両足の甲が高く盛り上がっているのも、仏の三十二相に数え上げられる特徴であることは言を俟たない。本図の不動明王は、剣身を握ることで、倶利伽羅龍からの変成であることを示しつつ、いくつかの身体的な特徴によって、その本身である大日如来との一体性を具現しているのである。さて、第三の特徴は、平安以来の一般的な不動明王は斜め右を向くことが多いのに対して、本図の中尊は左を向くことである。これも、上述の不動明王の特性を考えると、興味深い事実が浮かび上がる。すなわち倶利伽羅龍が描かれた主な現存遺例をみると、①京都府・青蓮院所蔵不動明王二童子像(国宝)〔図6〕②和歌山県・明王院所蔵不動明王二童子像(重文)③新潟県・法光院所蔵不動明王二童子像(重文)④東京都・静嘉堂文庫所蔵不動明王二童子像(重文)⑤福井県・万徳寺所蔵不動明王三童子像(重文)⑥長崎県・清水寺所蔵不動明王三童子像(重文)⑦京都府・楞厳寺所蔵不動明王三童子像(重文)⑧和歌山県・円通寺所蔵不動明王二童子毘沙門天像(重文)⑨岡山県・長福寺所蔵不動明王八大童子像(重文)〔図7〕⑩岡山県・宝光寺所蔵不動明王三十六童子像(重文)⑪大阪府・七宝滝寺所蔵不動明王二童子四十八使者像(市指定)⑫奈良県・奈良国立博物館所蔵倶利伽羅龍剣二童子像(重文)〔図8〕⑬滋賀県・石山寺所蔵倶利伽羅龍剣三童子像(重文)⑭兵庫県・鶴林寺太子堂西柱倶利伽羅龍剣五童子像(国宝)⑮奈良県・当麻寺奥院所蔵倶利伽羅龍蒔絵経箱(国宝)の15例が挙げられる。①〜③は持物の宝剣に倶利伽羅龍が囲繞し、④〜⑪は倶利伽羅龍を別箇に独立して描き、⑫〜⑮は中尊が倶利伽羅龍の遺例である。このうち、倶利伽羅龍が左を向くのは、①、⑥、⑨で、⑫は倶利伽羅龍が右を向くが二童子の配置が左右で入れ替わっている。これらの伝来する寺院の宗派は、①は天台宗、⑥は近年寄進され伝来不明(注6)、⑨は現在真言宗だがもとは天台との兼学。⑫の旧蔵は真言宗の施福寺であるが、12世紀末まで天台との兼学であり、また両界曼荼羅と(但し、当初から三幅一対か不明(注7))共に伝来する。両界曼荼羅の内、

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