鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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注Catalogue raisonné Paul Klee, Bd.1−9,hrsg. von der Paul Klee-Stiftung, Kunstmuseum Bern, Bern―26―1998−2004.「両面作品」の裏と表を切り離すという受容形態は、ともすれば「固定的な」解釈に「破棄」と一義的に確定できない以上、これは破棄されたものだから「両面作品」で「生成していく作品」というクレーの根本的な制作論に通じるだけではない。受容者品の裏側には表と90度向きを変え、ひとりの天使が潜んで――そして表側にも半ば姿を現して――いる〔図12〕。天使はクレーが晩年に好んだモチーフで、ここでは、羽を閉じ眼を見開いて待機しているように見える。天使の左側の羽と頭部の輪郭線は、表側の黒い太線に内接するように引かれており構図上の関連がはっきりと確認できるし、また意味の上でも、枠に囚われた天使は死を目前とした画家のアレゴリーという視点から理解できるだろう。おわりに以上、クレーの画業を8つの時期に区分し、各時期の両面に描かれた作品の特徴を纏めながら、その多様なあり方を検討した。それは、「破棄」から「習作」や「手直し」、様々な制作過程を開示し思考の連続性を示唆するもの、紙の透ける性質を利用し形態や構図を重ね合わせたもの、絵画プログラム的に表と裏の絵が有機的に関連し合うもの、支持体の印刷物のメッセージを転用したもの、その都度の情勢に合わせて以前の作品を回顧的に評価し直したものまでと実に幅広い。さらに6で示したように留まっているかもしれないクレー作品の理解に、より大きな視野から本質的な反省を促す重要な問題であることも指摘した。またクレーの場合、支持体の裏面にある絵がはないと最初に断定してしまうことは実際的ではない。むしろ、最初の時点では、明らかに「両面作品」ではないように思われても、「両面作品」であるか否かをとりあえず保留し、その都度、画業の全体に照らし合わせて考えるというのが、クレーという対象にアプローチする際にはふさわしい態度であるように思われる。「裏絵」はクレーの全画業のなかで周辺的な問題に留まらず、より高次な全体を解読するためにときには「作品」の重要な構成要素にもなりうる。このように拡大された作品概念はの眼が作品の中へ分け入り、絵の生成時間を追体験するとき「草を食べている動物と同じように作品を探っている観者の眼のために、芸術作品の中にはさまざまな道が備えられている」(注37)。裏表を往来する無数の脇道もまた開かれる。

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