―384―払いが行われている。1602年1月と1603年1月の支払いは、それぞれ《エマオの晩餐》(ロンドン、ナショナル・ギャラリー)と《キリストの捕縛》(ダブリン、アイルランド国立絵画館)にあてられているが、1602年7月と12月の記録では絵画のタイトルが特定されていない(注14)。この2回の支払いで画家は総額85スクーディを手にしているが、現在ではこの作品がカピトリーノ美術館の《洗礼者ヨハネ》であると考えられている(注15)。微笑を浮かべた少年が雄羊を抱擁するという先例のない図像のため、本作品は17世紀以降の画家伝・各所有者の財産目録・ローマの案内書において「洗礼者」以外にも「フリュギアの羊飼い」「コリドーネ(コリュドン)」「雄羊を愛でる若き羊飼い」など様々な名称で呼ばれてきた(注16)。しかし、様々な解釈を引き起こす曖昧な図像であることが画家の意図したところであったとも考えられる。《勝利のアモル》同様、縦長のカンヴァスの大部分を占める少年の裸体はモニュメンタリティーを備え、チリアコの絵画コレクションのなかでもひときわ目立つ存在であった。いかなる主題であるにせよ、《洗礼者ヨハネ》では少年の裸体が鑑賞者の注意をひきつけ、人物を特定する要素を極力除外することで、画家は絵画の内容について熟慮するよう彼らの知性に挑戦しているのである。4コレクションに対する意識イタリアの画家であり、著述家でもあったジョヴァンニ・バッティスタ・アルメニーニ(1525頃−1609)は、その著作『絵画の真の規則について』(1586)において、別荘の内部は美しい女性や優雅な少年の絵画あるいは心地よさを感じさせる風景表現で飾られるべきだと述べている(注17)。カラヴァッジョが描いた少年像のなかでも、デル・モンテ枢機卿が所有していた初期の半身像《若者たちの奏楽》と《リュート奏者》、そして女性の肖像画や風景画とともに飾られる配置方法は、まさにアルメニーニの別荘装飾に対する考え方に一致する。当時のコレクターたちが好んで収集した北イタリアの絵画様式を受け継いでいることも、視覚的に訪問者をくつろがせる空間を演出する一つの要素となっている。ところが、少年の全身像は、室内装飾の一部というよりむしろコレクションのなかで他の絵画作品と比較される対象という役割を担っていたようだ。とくに《勝利のアモル》を所有していたジュスティニアーニ侯爵の『絵画論』からは、様々なジャンル・様式の絵画を収集し、その相違を楽しもうとするコレクターの姿勢が垣間見える(注18)。それゆえ、真筆であれ、コピーであれ、そうそうたる巨匠たち(ラファエロ、レオナルド、ティツィアーノなど)の作品を数多く集めたのだろう。また、当時活躍
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