鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
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B聖俗劇の遠近法―390―研 究 者:恵泉女学園大学 人文学部 助教授  池 上 英 洋本研究の目的と位置づけ本研究は、演劇空間における遠近法について考察することを目的としている。とくに、ルネサンス以降の聖俗それぞれの演劇空間と遠近法とが、いかなる関係性を有しているかについて整理することを主たる目的としている。そしてこの関係性をみるためには、聖俗両方の演劇空間の資料が比較的多く残っている対抗宗教改革期が、当然ながら最も中心的な考察対象となるだろう。対抗宗教改革期における天井画や絵画空間は、「上昇性」をその特徴のひとつとする。これは、聖人の奇跡や聖母被昇天などの場面を、観る者にいわば追体験させるためのイリュージョンを重んじたカトリック教会の狙いからも当然のことである。それならば宗教劇の舞台空間についても同様のことが言えるのだろうか。また、世俗演劇の舞台空間とはいかなる相違点があったのだろうか。また、それら絵画空間を作り出す手段である遠近法は、いかなるものだろうか。それらにも聖俗で違いはあるのか。もし違いがあるとすれば、それらは宗教的理由からの要請によりもたらされたものなのだろうか。あるいは、同時に遠近法からの制約もあったのだろうか。言い換えれば、逆に遠近法の側から、それぞれの演劇空間をある程度規定することもあったのだろうか。演劇空間に関して、こうした関係性が注目されたことは、これまでほとんど無いと言って良い。この関係性をみるために、本稿では個別の事例への検討は最小限にとどめ、数多くの事例からおおまかな流れと全体像を把握することを主眼としている。こうした関係性そのものを概観した先行研究がこれまでほとんど無いこともあって、前述したさまざまな疑問点に対して、本研究だけですべてに充分な回答を得ることはむろん不可能である。しかし、今後もこうした着目点が有効であるかどうかを判断するための試論にはなりえるだろう。世俗演劇空間の性質よく知られているように、世俗演劇が成立していく過程で、式典や祝祭がその源流となった。古代の皇帝たちの凱旋式は、その後の都市国家群による群雄割拠時代における傭兵隊長の凱旋式へと引き継がれ、マンテーニャらによる凱旋図像として結実し、またペトラルカの『凱旋』を介して独自の図像伝統を生んだ。これらは後述する入市

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