鹿島美術研究 年報第23号別冊(2006)
406/589

―396―となっている(注16)。イエズス会は、カトリック世界の一応の安定を背景に、一層大がかりなイリュージョンを求めるようになる。祭壇画においても、極端な縦長画面の上部に天上の場面を配する構図が支配的なものとなる。この上方への志向性は天井画において顕著となる(注17)。イエズス会様式における天井画への人体投影の技法がマニュアル化していくのも、この流れに沿ったものである(注18)。上方への志向性を展開するには鉛直方向に長い空間を必要とするが、ピエトロ・ダ・コルトーナはこれを、床面に平行な天上面に設けられた水平方向に長い画面に展開して滑稽な結果となった(注19)。1589年のブオンタレンティによる聖劇では、上方にある天上世界の要素が明らかに重要な位置を占めている(注20)。1652年のイエズス会劇は横長の舞台において上演されたものだが、上方にある天上場面はいかにも窮屈なものとなっている(注21)。17世紀の主要な宗教行事のひとつであるペスト行列は、あらゆる行進劇と同様に凱旋行列の直接的な伝統の上にあり、牽引する動物などの選択などによっても明らかにペトラルカの『凱旋』との密接な関連性を示している(注22)。しかし、イエズス会による聖劇は、たとえ横長の舞台におけるものでも、明らかに上方への強い志向性を示していた〔図8〕。同様に、17世紀前半にコレッジョ・ロマーノで理論的な支柱となったマルティーノ・トンディによる教義版画 ―驚くなかれ神話主題によるものだ―においても、画面において主要な位置を占めているのは天上世界であり(注23)、聖劇との関連を感じさせる。こうした上方性の志向を端的にあらわしているのがイエズス会のクワラントーレ用背景画である〔図9〕。同会のクワラントーレは視覚的な説教であるという定義は正しく(注24)、縦長画面の上部に神の栄光を配置する基本構図は、観る者の視線を斜め上方へと誘導する。彼らの理想はポッツォも語るとおり、「神の栄光こそ正しい視点」にほかならないのだ。ウィングとプリズムペルッツィによる背景画の左右の“ウィング(書き割り)”は、すべて設定画面と平行に設置されていた〔図10〕。つまりは前方から見た一枚の巨大な遠近法画を、縦に分割して配置するにすぎない。しかしパッラーディオによるヴィチェンツァのテアトロ・オリンピコは、まったく異なる遠近法構成を持つ。そこで用いられた遠近法は、ウィング自体に傾きをつけることによって、さらに奥行きを強調させるものだった。パッラーディオはバルバロによるウィトルウィウスの註解本(1556年)に挿図を描い

元のページ  ../index.html#406

このブックを見る